[作品タイトル]
「帰りたい…」

[応募者名]
baku-sen


あの葉がすべて落ちたとき、私は死ぬの……

なんて言ったのは、どの小説の誰だったかしら?

ぼんやりと、病室の窓を眺めながら思った。

でも私は、首を起こすことも出来ないから、そこから見えるのは空だけ。青い、青い空がどこまでも高く、鬱々として暗い私の心なんか関係ないわというくらいに、透き通って輝いているのが見えるだけ。「最後のひと葉」に希望を託すことも、絶望を見ることすら出来やしない。

癌。それが私の病名。

だからといって、諦めたわけじゃない。命を諦められるわけがない。きっと、大丈夫!

私はまだ16歳。まだまだやりたいことはいっぱいある。

がんばって、きっと治して、また元気に学校にも行くんだ。

青い空を見ながら、落ち込んでも、最後はいつも同じことを思って自分を励ます。そして、体の中をかき回されるような激しい痛みでまたすぐ起きてしまうと分かっていても、再び目を覚ますことは出来ないかも知れないという恐怖と戦いつつも、寝ることも治療のひとつと、今日何度目か、目をつぶった……。



目を覚ますと真っ暗だった。

ああ、夜だわ……。

確か、最後に目をつぶったのはお昼過ぎだったから……6時間くらいは寝たのかしら? これだけぐっすりと眠れたのは久し振りだわ。

少し、気分が高揚した。「眠れる」というのは、案外健康でないと出来ないことだし、さらに「目覚めがいい」となれば、体調がかなり良くないとかなわないことだから。

ああ、こんなに清々しい気分になるのはいつ以来だろう?

そうそう、学校のクラスのみんながお見舞いに来てくれたとき、あの時もこんなふうに「がんばろう! あと少しだ!!」と思えたんだったわ。うん、そうよ。病は気からって言うじゃない? きっと思い込みでもいいように考えたほうがプラスに作用すると思うの。

さあ、起きて何か食べさせてもらおうかしら? お腹が空くなんて感じるのも久し振り。しっかり食べて体力つけて、励ましてくれたみんなのためにもちゃんと治さなきゃ!

……

あれ?

体が、思うように動かない。どうしてだろう? 病気のせいで自分の体が自分のものでないように感じるときもあるけれど、重りが取り払われたように、今は確かに指先まで自分の意思が通っているのを感じるのに、まるで何かに縛り付けられたようで体が動かない。

ううん。

私、箱の中にいるんだわ……狭い箱の中……。でも、なんで? どうして? いつの間にこんなところに閉じ込められたの?

さっきまでの高揚した気分はどっかに吹き飛んでしまった。代わりに、解けないパズルを突きつけられたようで、じりじりとした不安感が心を支配する。それは徐々に恐怖へと昇華する。病だけでも理不尽なことなのに、なぜ私がこんな目に……。

分からない。どう考えても、分からない。

誰か……誰か、助けて!

叫び声を出そうとしたときだった。

ぼそぼそと話し声が耳に飛び込んできた。

助かる!

瞬間、そう思った、その誰かに助けを求めようと声を振り絞ろうと思った。でも、何かがおかしい、何か様子が変だと直感が教えてくれる。

「……さん、これは売れるか……」

「ああ、そうだな……」

「……どこに売る……」

「そんなものはあとから……」

「あいつも、こいつもか……」

「……とにかく、……持っていけ……」

誘拐! 人身売買!!

そんな言葉が頭にひらめいた。

そんなバカな! この日本でそんなこと……あるわけ……ない……。

否定しよう、否定したいと、半笑いで首を振る。

動けないときには小説ばかりを読んでいたけれど、そのなかにはそんなお話もあったけれど、それは所詮「お話のなかの世界」のこと。

ドキュメンタリー番組とか、ノンフィクション小説とかから、外国の貧しい地方でいまだそんなことがあると知ったとき、憤りを覚えたこともあったけれど、まさかこの日本でそんなことがあるとは思えない。

でも……

実際、今、自分がそういう目に遭っている。誘拐されようとしている。それはまぎれもない現実。外からの声はまだ続く、何かを運び出しているような物音も聞こえてくる。何かの箱に押し込められていることも現実なのだ。浮世離れした恐ろしいこととはいえ、その現実を否定する材料がないじゃないか。

どうして、私がこんな目に……。

ううん。涙するよりここから脱出することを考えなきゃ!

突きつけられた冷たい現実でも、認めてしまえば、かえって心が落ち着いてきた。病ともずっと闘ってきたんだ、わけの分からない現実とも闘わなきゃ!

隙は必ずある。

不幸中の幸いか、神様が助けようとしてくれているのか? 今は体が動くようだし、きっとその隙をついて逃げられるはず。



どれくらいの時間が経っただろう。

何かいろいろなものが次々と運び出されていくのを、狭い暗闇のなか、気配だけで感じていた。

やがて、自分もまた運ばれていく。

車に乗せられた。

けれど、今はまだ動くときじゃない。どこに連れて行かれるのか分からないけれど、ここで焦っちゃダメだ。

車が動く。

どこかへ走り去っていく。

ぐるぐると町の中を走り回って、どこかに運び込まれた。

また、暗い時間が過ぎた。

痛いくらいの暗闇のなか、今はもう音は何もない。人の息遣いどころか、生き物が動いているような様子すらもない。

[NEXT]



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