「つまるところ、どうすれば五割を十割にできるかって話なんですけどね」

「そんなの無理」

「いや、そんなバッサリ切り捨てられても……」

「いやいやいや、そうじゃなくてね」

 左手をパタパタと振りながら、闇に似つかわしくない満面の笑顔で否定する。話し始めた時には全く興味を示さなかったが、どこかに面白味を感じたのか後半は前のめりになってすらいたほどである。

「でも無理って……」

「そりゃそうよ。無理なものは無理」

「だーっ! 何なんですか、部長!」

 頭を掻き毟りつつ、すっかり暗くなった文芸部室でオーバーアクションに嘆きまくる田中。

「まー落ち着きなさいって。あ、立ったんならついでに電気点けてくれない?」

「……はい」

 何か反論しかけた田中だったが、結局のところ何も言わずに従うことにした。もし部長という女性がわかりやすい人物で、彼がもう少し他人の思考を読むことに長けていたなら、早々に話を打ち切って帰っていたかもしれない。しかし彼には、椅子に座ってニコニコと楽しげな女性が内心で何を考えているのか、サッパリわからなかった。

「さすがにこの時間になると暗いねー。学校って何時に閉まるんだっけ?」

「さぁ、七時くらいじゃないですか? あ、でも運動部とかナイターやってるとこもあるし、もっと遅いか」

「ま、今閉まるって訳じゃないならいいか」

 あれほど帰ることに固執していたのが幻であったかのような素振りである。

「それで、聞かせてもらえるんでしょうね?」

 元の椅子に座り、やや不安げな面持ちの田中。

「何を聞きたいかによるけどね」

「だから、五割を十割にする方法ですってば」

「それを聞いても意味はないと思うけど?」

「は? どういう意味ですか?」

 腰を浮かせて詰め寄る。

「もし今回のケースが半々の確率だったなら、確かに価値のある思考でしょうけどね。でも零を百にすることはできないの。どちらを選んだところで零は零、そこから増えることはないでしょ」

「あ、あの……」

「なに?」

「それってつまり、どちらも『ハズレ』って意味ですか?」

「そーよ」

「ど、どうしてそう思うんですか?」

 腰を戻し、姿勢を正す。思ってもみなかった答えに驚いてはいるものの、不思議と不快な不可解さは感じなかった。

「思うっていうより事実ね、状況から見て」

「理由を聞いてもいいですか?」

「理由ねー、目に見える証拠があるって訳じゃないから、あくまで一般論と照らし合わせた上での話でしかないと思うけど」

「構いません」

「まず、男の思惑ね。彼がよほどの変人でもない限り、偶然なんていうものに結婚や破局なんてモノを委ねるとは考えにくいってこと。どちらへ転ぶにしても、彼なりの思惑があってしたことと考えるのが妥当でしょ?」

「確かに……でも、自分で決められなかったとか」

「自分で決められないから彼女に決めてもらおうというのなら、箱に入れて隠したりせずに堂々と見せた上で選んでもらったんじゃない? それを隠して偶然に委ねるってことは、それなりの理由があると考えた方が自然ね」

「うーん……」

 憶測といえば憶測だが、自然な発想であることは認めざるを得ない。しかし彼も話の男性を直接知っている訳ではないが、そんな奇異な人物であると聞いたことは一度もない。むしろこんな突拍子もない別れ方をするような相手であると聞かされて、素直に驚いたほどだ。

「あとはまぁ、もし結婚という選択肢を考慮していたならそのための準備をしていただろうとか、指輪も含めて無駄になったことを残念に思うだろうとか、もう一度という提案をそうそう受け入れるハズもないだろうとか、総合的な判断になる問題かな。でもこれらがいずれも、最初から別れるつもりで持ち出された話であるとするなら、何一つ疑問が残らなくなるの。それだけのことよ」

「でも……」

「まだ納得できない?」

「いえ、両方『ハズレ』ってのは、もしかするとそうかなって思えてきたんですけど、どうしてそんなことをしたのかなと思いまして。やっぱり別れ話が切り出しにくかったってことなんでしょうか?」

「もちろん理由の一つとしてはあるでしょうけど、それだけならこうはならなかったでしょうね。彼に何かしら含むものがあったのだとしても、とりあえず一つ言えることは『彼女のせい』にしたかったってことなんじゃない?」

 言われていることの意味が今一つ伝わっていないのか、田中はポカンと口を開けたまま部長の顔を見つめていた。その呆けっぷりがあまりにハマリすぎていたせいだろうか、部長は噴き出すように一つ笑って立ち上がり、思考の速度を一段加速する。

「田中くんは、舌切り雀って話を知ってる?」

「ええ、あらすじくらいは」

「ちなみにどんな話?」

「えーと、あるところにお爺さんとお婆さんがいて、お爺さんが雀を可愛がっていたんだけど、お婆さんが舌をチョン切っちゃった……確か、ツマミ食いか何かしたんでしたっけ?」

「一般的には洗濯のりを食べたってことになってるね。それから?」

「えと、逃げた雀を追ったお爺さんは雀のお宿に招待されて雀に接待される、と。で、帰りに大きなつづらと小さなつづらを選ばされて、お爺さんは小さなつづらを持ち帰ったところ、強欲なお婆さんが大きなつづらを持ってこなかったことが気に入らなくて、雀のお宿へ出向いて奪うように大きなつづらを持ち帰ったはいいけど、中に入っていた妖怪に殺された……いや、気絶したとかでしたっけ?」

「どっちもアリよ。現代的には後者ね。ちなみに元に近くなると毒虫とか、えげつないモノになるんだけど」

 大きなつづらから這い出してくる大きなムカデを想像して、田中はあからさまに不快そうな皺を眉間に寄せる。どうやら虫は苦手なようだ。

「それにしても、結構ちゃんと知ってるじゃない」

「そうですね。子供の頃に聞いたか読んだかしただけだったと思いますけど、さすがにメジャータイトルですから」

「そこで問題です。もしもお婆さんが心変わりをして小さなつづらを持ち帰っていたら、どうなっていたでしょう?」

「どうなってって……どうにもなっていないんじゃないですか?」

「それはどうして?」

「だって、実際にお爺さんが持ち帰った小さいつづらには小判だったかお宝だったかが入ってたんですから」

「それじゃあ、もしもお爺さんが大きなつづらを選んでいたら、お爺さんは妖怪に殺されていたと思う?」

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