「ネルエル。おーい、ネルエル。ケーキと紅茶だぞ!たまには、みんなと一緒に食おうぜ!」
ネルエルの部屋のドアを叩いてみる。無駄だとわかっていても、そうしてしまう。
だって、せっかく作ったんだ。やっぱり食べてるところ、ちゃんと見せて欲しいし、美味しいって直接言って欲しいじゃんか。
それなのに、ネルエルの奴ときたら――
『そこに置いておいて』
ほら、これだよ。どんだけ引きこもってりゃ気が済むんだ、あいつは……
てゆーか、ネルエルの奴、いつから引きこもっていて、いつまで引きこもってるつもりなんだ?
鬱になったりしねえのかな……
あたしはケーキと紅茶が載ったトレイをドアの前に置いた。
はあ、こういうの、なんか虚しいよな。
「よしっ……」
こうなったら、ネルエルがドアを開けた瞬間を見計らって、外に引きずり出してやる。
あたしはその場にどかりと腰を下ろした。
「どうせ腹減ってんだ。すぐに出てくるさ……」
三〇分経過――
甘かった。すぐにドアを開けて、ケーキを食べてくれるものだとばかり思っていた。
「紅茶、冷めちゃったじゃないか……」
まさかの完全放置とはさすがにヘコむ……
ちくしょう、ここまで待ったのに今さら後に退けるかよ。絶対に負けられねえ。
「根競べだな、うん……!」
四五分経過――
未だ動きナシ。いくらなんでもヒドくねえか?
こんなんだったらアイスティーにしてやったほうが……
いやいや、違うだろ。そういう問題じゃない。
「はあ……何なんだよ、ネルエルの奴……」
やべ、さすがに泣きそう。
てゆーか、あたしは今泣いていいんじゃないかな……
あたしの心が折れかけたそのときだった。
廊下の向こうから足音が――
「やあ、クロウエル」
飄々とした顔で現れたのはガルシオン。
「そんなところに座り込んで、何をしているんだい?」
「見てわかんねえのかよ……」
あたしはネルエルの部屋の前にあるトレイを指差した。
紅茶はすっかり冷めちまってるし、心なしかケーキのクリームも艶をなくしている。
なんて哀しい光景なんだ……
ガルシオンが小さく首を振った。
「ああ……これはすまないね」
「なんで、あんたが謝るんだよ」
「流れで、かな?」
「勘弁してよ、そういうの……」
もう溜め息も出てきやしない。
ガルシオンがトレイを持ち上げる。
「ネルエルも君の作ってくれる食事やお菓子を美味しいと言ってるよ。これは本当だ」
「じゃあ、直接言えってんだ……」
「彼女も忙しいんだ。わかってやってくれ」
そう言い残して、ガルシオンはネルエルの部屋の中へ消えた。
開かずの扉がガルシオンにだけは、すんなり開くのだ。
「あーあ、やってらんね」
あたしは立ち上がると、神殿の外へ出た。
庭ではリリエルたち三人がテーブルを囲んでおしゃべりをしている。
ふいにラナエルが振り向き、ちょいちょいと手招きした。
「なんだよ……」
「紅茶のおかわりが欲しいのだけど」
「別にいいけどさ……」
あたしを見上げ、ふふんと鼻を鳴らすラナエル。
「しょぼくれた顔をしているわね。だから言ったでしょう?ネルエルを部屋から出すのは無理だって」
「うっさいなあ……」
「まあ、気にしないことね。別にあなたのことを嫌っているわけじゃないもの。あれはああいう娘なのよ。ガルシオン以外の誰に対してもね」
あれ?
今のラナエルのセリフ。こいつ、軽く慰めてくれてんのかな。
意外といいとこあるじゃん……
「その梅干脳味噌でも理解できたのなら、わたしのために早く紅茶を淹れなさいな」
前言撤回。
やっぱかわいくねえ。