『そうそう、思い出しました。

小学校の同窓会のときにみんなでタイムカプセルを掘り出しましたが、僕のだけどうやら手違いで別のカプセルに入っているらしく、しかも行方が分かりません。

どうか落ち込まないでください。思い出は心の中にあるものだから』

『死にたいと思うくらい恥ずかしいことは誰だってあるよ。後ろ指さされる程度の恥は誰だって持っているよ。

だから将来紆余曲折あってストリーキングと間違われて逮捕されても希望を失わないでください。

旅の恥はかけすてとも言いますし』

『たまに心臓が止まる持病が』

 …………。

一度、手紙から目を離して深く息を吸う。

深呼吸。

肺から脳に、脳から全身の細部にゆっくりじっくり酸素を流す。

 細胞から不要なものを取り出し、肺へと循環し口内にためる。

口にたまるガスは発火性の感情。

 吐き出した途端、それは大爆発を引き起こす。

「ありえるか、ボケェ!

いったいどんな人生歩んだらこんなことになる!

思い出はカタチあっての思い出じゃ、キレイごとは寝ていえ。

それにストリーキングの紆余曲折ってどこをどう説明すればいいんだよ!

人生の旅はかけすてできるか!

つうか心臓止まるな、病院に行け病院に。

過去にカミングアウトする前に医者にカミングアウトしろよ。

他、あとの文は悲惨すぎて声にも出せねえよ。

チクショー!」

きっとここがお笑いライブハウスか喜劇の舞台ならば客席からは惜しみない笑いが聞こえてくるだろう。

まるまる人ひとり分の先取り不幸語録。

話の筋は一気呵成に繰り出される未来型自虐ネタ。

過去の思い出にすらなっていない現実話は本人にとっては精神的責め苦。

舞台の上で陸に上がった魚のようにのた打ち回る様をただ演じるしかない。

つまり、生き地獄だ。

ビール瓶の底に額を叩きつけ、奇声をあげ、適度に悶絶したところで僕は正気に戻った。

部屋の中はもうめちゃくちゃで、はたから見ればクスリでもきめた後の光景として映るだろう。

「……僕、何か悪いことしたかな?」

いい加減、手紙を送った未来の自分に対してどす黒いものが噴出しかけてきたとき、二枚目の最後の文章。

目にして心が震えた。

『もう綴る文字も少なくなってきましたので、最後に僕からアナタにこれだけは伝えておきたいと思います。

この手紙にはあえて良いことは書かないようにしました。

アナタに対して恨みがあるわけではありません。

むしろわたしはアナタに未来という立場にいるからこそ気付けたことを託したいのです。

多分、アナタはこの手紙を受け取って少しは良いことが書いてあるかも知れないと思ったことでしょう。

そう考えること自体は悪いことではありません。

わざわざ気まぐれで手紙を書く人はいません。

もう一度だけいいます。

わたしがこの手紙で伝えたかったことは文面ではありません。

人は未来を知ればいいことがある。

楽ができる。

金もうけができるなどそういった利己的で堕落的な考え方をしてしまいます。

しかしそれは何の気休めでもなく、現実はやっぱり現実なのです。

未来は過去の積み重ねが、過去は未来への理想を道標にして形作られている。

その事実は何千年前から何十億人という人たちが変わらず歩んできた過程なのです。

そのことを忘れなければどんなに辛いことや悲しいことが身に降りかかっても、がんばって耐えることができる。

人はそうやって少しずつ成長し、幸せになっていくのだと僕は信じています。

だからアナタもそう信じてください。

そして負けないでください。

誰もがそうやって乗り越えたことをいつまでも忘れないでください。

それではお元気で

追伸 もしよければアナタからの手紙を拝見したいと思っております』

言葉が出なかった。

 なぜこんな手紙が送られてきたのか、この不快なメッセージを読んで僕はただ未来のブームに面白半分乗っかってきたのだと思っていた。

けどこの一文で全てが分かった気がする。

 これは将来にいる僕自身からの訓戒なのだ。

 今の僕にはこれからの世の中がどういう風に変わっていくかなんて予想できない。

きっと死ぬほどつらい目にあったりもしたんだろうし、悲しい出来事も体験したんだろう。

手紙に書いてある内容以外にももっとあるのかもしれない。

 それでも人間はどこかで生きていかなくてはならない。

がんばり続けなければならない。

自分がいずれ通る道だからこそ、ささやかなれど手助けになりたい。

 未来の僕も精一杯生きているのだから、僕も負けないでくれ、と。

 不恰好だけど一生懸命の手紙。

 ……詳しく知りたいこともたくさんあるが、今はこれだけでも十分だ。

 ありがとう。

 僕は三枚目、返答用の用紙に返事を書くことにした。

すると、

「ん? もう一枚挟まっている」

 梱包紙の奥に引っかかっていたチラシのようなものを見つける。

三枚かと思っていたらもう一枚小さなチラシが挟まっており、手にとって見るとこんなことがプリントされていた。

『第十八回タイムレターハッピーナンバーキャンペーン。過去の自分へと手紙を出し、返ってきた返事のシリアルナンバーを葉書に貼って応募すれば最高額一億五千万!

過去の自分から未来のアナタへ超サイコーな贈り物。

誰でもカンタン。

誰だって出来る。

ホラ、夢のチケットはすでにアナタが握っている!

応募はE―BN―RUOP ×××―×××× 時空管理局キャンペーン係まで』

 …………。

 ……………………。

 一分後。

 僕は手紙を破ると灰皿の上で燃やした。紙のせいかその火はとてもキレイな灯かりだった。

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