[作品タイトル] 未来の君との約束
[応募者名] 小鳥遊まり
○広島原爆ドーム・俯瞰(早朝)
T・2007年8月6目
眩しい朝日がドームに反射している。
公園の入口には平和記念式典の看板が掲げられている。
公園内からは慰霊の曲が聞こえている。
牧村彩(17)の声
「私は半年も前から、死ぬのはこの日のこの時間と決めていた……何故ならそれは原爆被災者の為の黙祷があるから……」
○相生橋(早朝)
人も車も疎ら−−
橋の中央、T宇の三叉路になった辺りに佇み、深刻な顔で川面を眺めている彩。
彩(M)「私が死んでも、涙を流してくれる人なんてどうせ誰もいない。
でも誰かに天国で幸せになってねと祈って貰いたい−−だからこの日を選んだ。せめてみんなの黙祷を私のお葬式代わりにしたくて……」
(フラッシュ)
教室の中−−席に座っている彩の目の前に一輪挿しの菊の花を置く生徒達。
欄干をギュツと握り締める彩。
彩の目からポロポロと零れ落ちる大粒の涙。
やがて慰霊の曲が終わって
彩「(目を閉じ)……」
一気に欄干によじ登る彩。
式典会場からは沢山の拍手が聞こえる。
振り返り、原爆ドームの剥き出しになった鉄骨部分を見据える彩。
彩「(叫び)一層の事、みんな死んじゃえぱいいんだ!
爆弾落ちて全部無くなっちゃえばいいんだ!」
と、同時にゴーッと言う物凄い地響き彩の体が大きく揺れる―地震だ。
彩「!」
若い男の声「危ない!」
宙を舞う彩の手を誰かが掴む。
振り向き、その男の顔を見る彩。
が、一瞬にして周りの風景は真っ白い光に包まれ視界が遮られる。
○白い露の中に浮かぶ夕日(時間経過)
○相生橋(夕)
白い光が消え、原爆ドームが見える。
何と、剥き出しになっていた筈のドームの丸い鉄骨部分には緑の屋根。
起き上がり、ゆっくり目を開ける彩。
彩「(辺りを見て)!」
橋の雰囲気が違う、車も走っていない
周囲の景色は明らかに変化している。
近代的な建物は全く無く、どこか荒廃した暗い雰囲気の街並。
彩「(呆然)何? 一体何が起こったの?」
立とうとして、苦痛に顔を歪める彩。
男の声「大丈夫?」
彩「!」
心配そうに彩を見つめる高杉正人(20)
彩の左肘の出血を見て、
高杉「ひどい怪我だ!」
慌てて駆け寄り、彩の肘に手拭いを巻きつける高杉。
高杉「手当てしよう。うち、この近所だから」
彩を抱き起こす高杉。
何か何だか判らないまま、高杉の腕に支えられながら歩き出す彩。
○高杉家・外(夕)
木造の古い民家に「高杉」の表札。
○同・居間(夕)
卓袱台や水屋等の古びた家具が置かれている。
高杉に怪我の治療をして貰いながら、ぼんやりと辺りを見回している彩。
高杉「君、名前は?」
彩「え?」
高杉「あ、僕は高杉正人」
彩「あ、彩……牧村彩です」
高杉「ふーん。でもこの近所の人じゃないよね?」
彩「あの……ここって広島ですか?」
高杉「(訝り)当たり前だろ」
彩「でも、原爆ドームが……」
(フラッシュ)
ドームの丸い鉄骨部分には緑の屋根。
高杉「原爆ドーム?」
彩「ね! 今日って平成19年の8月6日なんだよね!」
高杉「平成? (心配そうに)君、本当に大丈夫かい?
今日は七月二十二日だよ、昭和二十年の。ほらあそこ」
高杉の指差した先の柱に日捲りがある。
「昭和二十年七月二十二日」の印字。
彩「昭和!?(呆然)そ、そんな……」
彩の体が震え出す。
高杉「彩ちゃん?」
彩「嘘よ! だって今は平成よ!」
高杉「君やっぱり変だ! 病院に行こう!」
彩「いやー!」
叫びながら意識を失う彩。
○夏の空
眩しい太陽、蝉の声。
O高杉家・客間
布団で寝ている彩の顔に陽射し。
ゆっくりと日を開ける彩。
高杉「大丈夫? どう? 気分は」
彩「!(飛び起き)」
高杉「お腹すいてないか?」
高杉が芋粥の入った椀と箸を指し出す。
辺りを見回し絶句する彩。
彩「夢じゃなかったんだ……」
思わず顔を覆う彩。
彩「私は違う時代にタイムスリップしちゃったんだ!」
高杉「タイムスリップ? 何それ?」
彩、周囲を見回し何かを探し出す。
鏡台に手を伸ばしポーチを取る高杉。
高杉「探してるのはこれかな?」
彩「!」
高杉の手からポーチを奪い取り、中身を布団の上にぶちまける。
その中から携帯電話を掴む彩。
が、電波は通じていない。
立ち上がり、廊下へと出る彩。
○同・縁側
携帯を色んな方向に向けてみる彩。
しかし、やはり電波は通じない。
彩、力無く座り込む。
側に来て心配そうに彩を見つめる高杉。
高杉「彩ちゃん?」
彩「昭和二十年なんだね……」
高杉「そうだよ。少しは思い出した?」
彩「(うな垂れ)……」
高杉「あ、そうだ!(ポケットを探り)これ時計量に見せたけど直せないらしい」
腕時計を指し出す高杉。
彩「(受け取り)……」
日付は6日、針は八時十五分のまま。
膝に顔を埋め泣き出す彩。
高杉「(驚き)ごめん! でも修理のおじさんがね、こんな珍しい時計初めてで……だから直すの無理だって言うんだ」
彩「時計の事なんてどうでもいいの!」
高杉「え?」
彩「これから私の言う事、真剣に聞いてくれますか!」
真剣な彩の目に、思わず頷く高杉。
彩「私、多分六十年くらい未来の広島からこの時代にタイムスリップして来たみたい。
そう、丁度この時計が止まってる時間に」
きょとんとする高杉。
彩「(真剣)……」
思わずふっと吹き出す高杉。
高杉「彩ちゃんて面白いね」
彩「(睨み)冗談なんかじゃないの!」
高杉「!」
携帯電話を見せる彩。
彩「これ、携帯電話って言ってね。
持ち運びが出来てどこからでも自由に掛けられる未来の電話よ」
手に取り、恐る恐る眺める高杉。
高杉「嘘……」
彩「でも電波がないと使えない。この時代じゃ何の意味もないけどね」
高杉「(呆然)……」
彩「私の服だって変だと思ったでしょ?」
鮮やかな色使いのTシャツにスカート
頷く高杉。
彩「信じてくれた?」
まだ半信半疑の高杉。
彩「私のいた時代は平成って言うの。昭和は終わって、十九年も経ってる」
高杉「じゃあ夕べ言ってた平成って……」
彩「(頷き)どうしてこの時代に来たかは判らない。
確かなのは(時計を差し出し)この時間に私は死のうとしてたって事」
高杉「(訝り)え?」
彩「私ね、何もかもが嫌になって相生橋の欄干の上から川に飛び込もうとしてたの。
でもその時大きな地震が来て……それで…」
何かを思い出し思わず左手を見つめる。
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