若い男の声「危ない!」

○(フラッシュ)相生橋(朝)

宙を舞う彩の手を誰かが掴む。

○元の高杉家・縁側

頭を抱える彩。

彩「その後は覚えてない……でも嘘じゃない」

高杉「(困惑)……」

高杉を真剣な日で見つめる彩。

チリンと風鈴が風に靡く。

高杉「(微笑み)………判った」

彩「!」

高杉「信じる、彩ちゃんの事」

彩「高杉さん」

高杉「とにかく腹が減っては戦はできぬ!

先ずは食べて元気にならないと!」

彩「はい」

涙を吹き、芋粥を頬張る彩。

思わずむせる。

高杉「(笑って)ほら慌てない! 今、お水持ってきてあげるから」

立ち上がる高杉、右足が少し不自由なのか曲がりにくい膝を手で支えるようにして立ち上がる。

彩「あの、足が悪いんですか?」

高杉「(躊躇いながら)う、うん……半年前に骨折したんだけど、その時筋も切っちゃって……多分一生これ以上よくなる事は。

バチがあたったのかもしれない」

彩「バチ?」

高杉「(唇を噛み締め)……そう」

と、突然けたたましいサイレンの音。

高杉「いけない! 彩ちゃん着替えて」

彩「まさかこれって空襲警報!」

高杉「説明は後! 立って」

立ち上がった彩の格好を見て、

高杉「まずいな、それじゃ。亡くなった母さんの服で悪いけど着替えてくれる?」

頷き、高杉の後を追う彩。


○道

防空頭巾に割烹着、モンペ姿の女達がバケツ片手に集まっている。

その中に彩と高杉もいる。

彩「(囁き)ね、防空壕に行くんじゃ?」

高杉「(囁き)あれは警報じゃない。防空演習の合図なんだ。

今日は消火訓練でバケツリレーをやるから」

あたりを見回す彩――が、男性は少なく、その殆どは年寄りばかり。

彩「ね、若い男の人って高杉さんしかいないみたいだけど、どうして?」

高杉「若い奴らはみんな戦地だ。僕は兵役検査に落ちたからね。ほら、この足のせいで

だから僕みたいな男はこういう演習を」

軍人の声「こら!そこ! 早く並べ!」

慌てて整列する彩と高杉。

号令と共に、始まるバケツリレー。

○小学校の校庭(日替わり)

主婦達と竹槍を突く練習をする彩。

足並みが合わず、軍人に叱られ泣きそうになる彩。

そんな彩に、「頑張れ」と優しく笑いかける高杉と主婦たち。

○配絵所前(日替わり)

食料の配給の列に並ぶ彩と高杉。

順番が来て配給切符と引き換えに米や芋を貰う。

それを大事そうに抱えて行く二人。

と、石に蹟き転びそうになる彩。

その手をしっかり握り締める高杉。

彩「!」

繋がれた手を見て動揺する彩。

が、嬉しい

そのまま高杉に手を引かれ歩く彩。

彩「毎日が忙しい……遊ぶ所も学校も何も無いのに何故?

ほんの一分の時聞だって、長く深く私の中に刻まれて行くのを感じる」

○高杉家・居間(夜)

卓袱台にお粥と漬物だけの夕飯。

が、それを美味しそうに噛み締める彩。

高杉、何となく嬉しい。

高杉「もう大丈夫そうだね、良かった」

彩「え?」

高杉「だって死にたいって言わなくなった」

彩「!」

箸を置く彩。

彩「忘れてた……だって毎日忙しくて……でも、あっちにいた時は死ぬ事考えるしかする事が無かった……ううん、死ぬ事考えてる時だけが生きてられた」

彩の目から涙が落ちる。

思わず彩の肩を抱き寄せる高杉。

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