○高杉家二縁側(夜)

月を眺めながら並んで座っている彩と高杉。

高杉「彩ちゃんと出会って二週間だっけ?」

彩「もうそんなに経つんだ……」

高杉「どうする?」

彩「え?」

高杉「このまま僕とここで暮らす?」

彩「高杉さん……」

高杉「ごめん、そんな訳に行かないよね。

とにかく何としても彩ちゃんが未来に帰れる方法探さないとね。

でもどうしたらいいか」

彩「……」

高杉「(溜め息)……」

彩「いいよ別に……私ここにずっといたい」

高杉「(驚き)彩ちゃん」

彩「私……高杉さんの事……」

高杉「(遮り)駄目だ! やっぱり彩ちゃんは帰らなきや!」

彩「(悲しそうに)迷惑?」

高杉「違う! この時代にいたらいつ死ぬか判らないんだよ!

それに彩ちゃんの事心配してる人達だって」

彩の手を握る高杉。

彩「いないよ! お母さんもお父さんも毎日喧嘩してて離婚するのしないのってそればかり!

私の事なんか……それにクラスメイトだって人を傷つける事しか考えてない。

 楽しい事なんて何1つ」

高杉「そんな事ぐらいで死のうとしたの?」

高杉の手を振り解く彩。

彩「(睨み)ぐらい? 生きる事だけ考えてればいいこの時代と一緒にしないでよ!

大変なんだから!」

高杉「何が大変だ!」僕には甘えてるとしか思えない!

苦しくなったら死ぬ事ができるだけでも幸せじゃないか!」

彩「!」


高杉「この時代はね、勝手に死ぬこともできない!

何故なら命は自分だけの物じゃないから!

国の為、大切な人を守る為に賭ける物なんだ!

兄さんだってみんなの為に戦って……だから僕達は必死に生きなきゃいけない!

沢山の人の尊い犠牲に生かされてるからね!」

体を震わせ部屋の奥に目を遣る高杉。

彩「(見て)!」

仏壇に男性の遺影――高杉の兄。

彩「!」

高杉「僕は、彩ちゃんの時代に生まれたかったよ。
いや、戦争の無い時代ならいつでもいい。

でもこれが運命だ! だから彩ちゃんも元の世界へ帰らないと駄目なんだ」

彩「帰るって言ったってどうやったらいいか」

高杉「(閃き)彩ちゃん時計!」

鏡台の上に置いてある時計を掴む高杉。

針は八時十五分を指している。

高杉「今日は8月5日だ。彩ちゃんがここに来だのは8月6日だって言ってたよね?

もしかしたら同じ日、同じ時刻に戻れるかもしれない。

ね、この八時十五分って朝、夜どっち?」

彩「午前よ。丁度、平和記念公園で平和記念式典が行われてた時……」

高杉「平和記念式典?」

彩「そう、原爆が落とされた日で毎年……」

はっとして震え出す彩。

高杉「彩ちゃん?」

彩「逃げなきや高杉さん!」

高杉「え?」

彩「明日8月6日はね、原爆投下の日なの!

この辺りの人はその爆弾でみんな死…」

高杉「(遮り)それ以上言っちゃ駄目だ!」

彩「(呆然と)高杉さん……」

高杉「人には運命ってものがある。過去を変えるような事をしちゃ駄目なんだよ!

未来がとんでもない事になってしまう!」

彩「でも!」

高杉「明日早朝、相生橋に行くからね」

真剣な高杉の目に言葉が見つからない彩。


○相生橋(早朝)

T字詰で並んで立っている彩と高杉。

高杉の手をギュッと握る彩。

彩「ね、高杉さん。最期に一つだけ聞いて!」

首を横に振る高杉。

彩「お願い! 聞く振りでいいから」

高杉「……」

彩「今日、この橋に原爆が落とされてもの凄く沢山の人達が死ぬの!

私、せめて高杉さんには生きてて欲しい!

だって今の私には一番大切な人だもの! だから逃げて」

高杉「嬉しいよ、その気持ち。でも僕にはそんな資格がないんだ!」

彩「え?」

高杉「そうさ、僕は卑怯者だから!」

彩「……」

高杉「この足……自分でやったんだよ」

彩「!」

高杉「戦争に行くのが恐くて、兵役検査で落ちるように俺が自分で折った!」

彩「(呆然)高杉さん……」

高杉「一生歩けなくなってもいいとさえ思ったよ!

戦争で死ぬのが恐かったんだ!」

拳を握り締める高杉。

高杉「僕は生きたかった、どんな事しても!」

彩「……」

高杉「軽蔑しただろ僕の事……だけどね、死んだら人間はおしまいだ!

生きられるんなら格好悪くたって構わない!

そうだよ必死に生きてれば格好なんてどうでもいい。

僕は生き抜いて日本の未来を見てみたい」

彩「……どんな酷い未来でも?」

高杉「ああ。どんな酷い未来でも、生きたいと願えば生きていけるだけで凄い事さ」

彩の頬を幾筋もの涙が伝う。


高杉「!」

彩「ごめんなさい……私、本当に甘えてたよね。

原爆落ちてみんななくなればいいなんて、何にも知らないであんな事を……

(空に向かい)お願い! 爆弾なんか落とさないで! みんなを殺さないで!」

高杉「彩ちゃん」

思わず彩を抱き締め、その額にキスする高杉。

と、突然大きな揺れが――

彩「まさか! あの時もこんな地震が!」

高杉「じゃ、もしかして未来へ戻れるかも!」

彩「ね、高杉さんも一緒に行こう!」

高杉「それは駄目だ」

彩「どうして!」

高杉「それが運命だからだよ!」

彩「じゃあ死なないって約束して!」

高杉「……」

彩「お願い! 私の為に!」

高杉「……(頷き)判った、約束するよ。だから早く欄干に」

彩「言葉でなんか何とでも言える!」

ポロポロと彩の頬を涙が伝う。

彩「嫌よ……私高杉さんが死んじゃうなんて」

高杉「彩ちゃん……」

彩「好きなんだもん……私、高杉さんが大好きだもん!

生きてて欲しい! 生きてもう一度会いたいんだもん!」

高杉「会えるよう、僕も頑張ってみるから」

彩「じゃあ約束して!

2007年の8月6日にこの場所で会うって! 同じ日同じ時間にこの相生橋で! 約束して!」

右手の小指を突き出す彩。

高杉「判った……」

微笑み、その指に小指を絡める高杉。

と、その時――彩の体が大きく揺れ二人の指が離れる。

彩「高杉さん!」

辺りを白い光が包み込み、ドームの緑の屋根が消えていく


鉄骨が剥き出しになったドーム。

宙を舞う彩の手を誰かが掴む。

路上に叩き付けられる彩。

若い男性の声「間に合った・・・」

何と彩の日の前に高杉がいる。

彩「(呆然)高杉さん……高杉正人さん?」

男「いえ。僕は孫です、高杉の孫の正也です」

彩「え?」

確かに髪型も格好も違っている。

正也「祖父は今朝早く亡くなりました。それで来るのが遅れてしまって」

彩「!」

正也「でも間に合ってよかった。祖父に頼まれてたんです、死ぬのを止めてあげてって」

呆然とする彩。

正也「これ、生前祖父から預かってた物です」

正也が差し出した厚めの封筒には「牧村彩様」とある。

開封する彩――中には一枚の便箋と彩が忘れて来たあの時の壊れた特計。

針は8時15分で止まったまま――

彩「!」

便箋には震えた文字が綴られている。

高杉の声「あの日、君に会えなかったら僕は多分死んでいたでしょう。

君との約束が僕を生かしてくれました。

生きるって本当に素靖らしい事だよ。

彩ちゃんが僕の命を繋いでくれたんです。

今度は僕が君の命を繋ぎます。

今度は僕からの約束だよ。

何十年か先の8月6日にきっと天国で会おうね。

それまでちゃんと生きるんだよ。もう一度約束だからね。高杉正人」

号泣する彩、その手をそっと握る正也。

正也「爺ちゃんさ、毎年8月6日になると今日は命の記念日だってお祝いしてた。

誕生日みたいなもんだってケーキ買って……でね、62本の蝋燭が立ったら大切な人に会えるんだってとっても嬉しそうに……」

泣きながら正也の手を握り返す彩。

平和の鐘が鳴り始める。

手を繋いで立ち上がる彩と正也。

彩(M)「高杉さん、約束ちゃんと守るからね」

正也に高杉の姿が重なる。

見つめたまま鐘の音に耳を澄ますあの日の高杉と彩――。

鉄骨が剥き出した原爆ドームから、青く澄み切った空に白い鳩が数羽飛び立っていく。

(完)

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