[作品タイトル]
「やくそう」と「ひのきのぼう」

[応募者名]
山下水野

魔王軍と人間が対立する世界。

 昏く、銀色に輝く瞳と髪。六枚の黒き翼。魔物の統率力、絶大な魔力。人間の住処を蹂躙した時の魔王は、何故かいつも手にしている武器にちなんで魔王『ひのきのぼう』と呼ばれた……。

 来るべく魔王との決戦を控え、十歳の少年勇者『やくそう』は各国の要人を集め、最終作戦会議を開く。

荘厳な王宮の会議室に集められたのは列強の猛者、各国の将軍、参謀、高名なる賢者、魔術師たち、そして国王「ダークブラックカオスアビス十三世」……意匠の凝らされた長机には錚々たる顔ぶれが集められていた。

 長机の端で、勇者はその年に似つかわしくない威厳のある口調で言い放った。

「魔王との最終決戦を前に皆に集まってもらったのは他でもない……俺のレベルはまだ1だ!」

 ざわめく一同。北の賢者は机を叩き、目を見開いて叫んだ。

「で、では、剣は? 唯一魔王を倒せると言われる伝説の聖剣『大根ブレード』は手に入れてはいないのですか!?」

「俺が装備しているのは今朝方近所の畑から摂れた新鮮な大根そのものだし、初級の回復呪文だって覚えてないぜ!」

「そ、そういえば今日も初期装備だし少なからず『おかしいな?』とは思っていたけどー!」

「では、これまでの宿代は? 勇者どのには魔物達を倒して金銭を稼ぐしか収入が無いはずでは……」

「血を見るとオエッってなる俺には、スライム一匹殺せやしない……勇者カジノマスターと呼んでくれ」

「勇者の要素一つもねぇー!」

「……! ……! ……」

『世界はおしまいだ……』

 ……数時間後。一同は他ならぬ世界を救うはずの勇者本人に絶望の淵に立たされた。暗い雰囲気が会議室を満たす。北の賢者を始めとする各国の要人は誰しも生彩を欠いた面持ちでうなだれ、てっきり勇者を旅に送り出したと思い込んでいた国王に至っては椅子に深く腰掛けたまま虚ろな目でぶくぶくと泡を吹いていた。

 揺れる議会。誰もが諦めかけたその時、あまりの衝撃に前後不覚に陥っていた王の口から妙案が飛び出した。

「じゃあ、魔王が魔王になる前に倒してしまえばいいじゃない」

 かくして最終作戦は、当初のそれとは全く違った形で始まった。「魔王がまだ幼く、弱かった頃に倒してしまう」。その世界中の学者と魔術師が技術と知恵の粋を集めて行われる、時を逆巻きに辿るその作戦。過去へ旅立つことが出来るのはたった一人だけだった。幼い魔王を倒す任務に抜擢されたのはもちろん、勇者「やくそう」。なぜなら、世界を救うことの出来るのは勇者をおいて他にいないという伝説があったからだ。

「それってどう考えても悪役のやり口だろ!」

 だだをこねるように嫌がる勇者。だが所詮はレベル1の彼には列強の猛者たちに歯向かう力などない。各国の要人たちはしぶしぶと彼を過去に送り出すことを承認した。輝く魔法陣の中心に拘束された少年に向け、国王は彼を送り出したあの日と同じ台詞を、もう一度言い放った。

「世界の全てはお前にかかっている、ゆけ、勇者よ!」

 過去世界へと飛ばされた勇者「やくそう」。とはいえ自分の村の外に出たことすら無い彼は魔物との遭遇に怯え震えながら近隣の町を目指す。

「レベル1の遊び人をたった一人で町のそとに放り出すなんて正気の沙汰じゃない……」

 彼は自分の職業を誰よりも正しく認識していた。

その道程で、彼は気付く。

彼が飛ばされた世界は平和そのものだった。魔物たちもむやみに人を襲うことは無い。だから人々にも魔物を倒す理由は無い。自分のように、世界に宿命を背負わされる者が、生まれることのない世界がそこにはあった。彼は、戦乱の時代に生まれた。生まれたときから戦うことを宿命付けられ、それ以外の世界を知らなかった。その時、この平穏を奪った魔王を憎む気持ちが初めて少年の心に生まれる――

最寄の町にたどり着いた勇者。ふと、街角で自分と同じくらいの子ども達のひとだかりが出来ていることに気付く。どうやら女の子がいじめられているようだった。「とんがり耳」「白髪〜」などとの罵倒が聞こえる。勇者は少女を守るようにその輪に割って入った。

「やめろ! 俺は勇者だぞ! お前らただの村人の子どもだろ! わきまえろ! ひざまずけ! 命乞いをしろ!」

 毅然とした態度で言い放つ勇者。顔を真っ赤にして怒る三人のいじめっ子達。いじめっ子Aの乱暴に払った拳を頬に受け、勇者は吐血し、たじろぎながらも尚いじめっ子達に続けて言う。

「どうせお前ら村人は将来『ここは○○の村です』とかいう大人になるしかないんだよ! いっても村長が関の山なんだよ! ほーら『武器防具は装備しないと意味がないぞ』って言ってみろばーか! ば〜か!」

 さらに憤慨し、勇者をボコボコにするいじめっ子たち。勇者に反撃の手段は無い。薬草で回復する勇者。殴りつかれた彼らは捨て台詞を残してその場から去っていった……。

 気付けば、いじめられていた少女はいまだその場所にうずくまって泣きじゃくっていた。先のいじめっ子たちの言葉の通り、少女は尖った耳を持っていた。すす汚れ、擦り傷を負った少女の小さな肩を勇者は優しく叩く。

「ほら、薬草だ、うまいぞ」

 しゃくりながらも、少女は顔を上げ、たどたどしい口調で言う。

「なに…それ…、草?」

「いいから、ほら!」

「や、やだよう、気持ち悪いよう」

「気持ち悪いとか、気持ちいいとかはいい。いいから薬草をたべるんだ!」

「やぁ、うっ、…うぅ〜!」

 無理やりに少女の口に薬草を含ませる勇者やくそう。気持ち悪さに涙を滲ませる少女。少女が口の中の薬草をてこずりながらも嚥下した時、少女の足に負った擦り傷が見る見るうちに治癒していった。

「わぁ……」

 感嘆の声を上げる少女。

「どうだ。これが勇者の力だ」

 少女の頭に柔らかく手を載せ、微笑む勇者の言葉に、少女の涙は止まっていた。

「これも、お前にやるよ。俺より、お前が持っていたほうがいいだろう。俺には必要の無いものだから」

 そう言って勇者が取り出したのは一年前、旅立ちの日に国王ダークブラックカオスアビス十三世から渡された初期装備品の武器だった。少女は反射的にそれを受け取った。

 何か言いたそうな顔で、それでも何も言えずにまごついている少女に背をむけ、その場所から颯爽と立ち去る勇者。なぜなら、彼はすでに立っているのすら限界だった。一刻も早く宿屋で回復したかったのだ。

 翌日、宿屋を出て、魔王探索を名目に町をブラつく勇者。平和な世界に安心しきって、それでも決して町からは出ずに周囲を散策する。ふと、背後に感じる視線。「尾行されている、まさか魔王の手のものか?」内心では震えに震え上がりながら警戒を強める勇者。しかし、尾行の相手は簡単に見つかった。

 勇者が急に振り返ると、慌てて物陰に隠れる小さな影。それは昨日いじめっ子たちから救った少女だった。

 隠れたつもりで震えている少女の首根っこを掴んで引きずり出すと、少女の右手には昨日渡した武器がしっかりと握られていた。ぱくぱくと口を開閉して驚き怯える少女。

「なんでついてくんの? なんで? 俺を狙ってるの?」

「あ、あっ……」

「しゃきしゃき喋れやオラァ!」

 最早勇者とも十歳の少年とも思えないその言動。すでに泣きそうになっている少女は、勇気と言葉を振り絞った。

「あ! ……あの! なんで助けてくれたの? そんなに弱いのに」

「ばっ! 弱くない! 俺は勇者だぞこのバカ! たいがいにしろ!」

 明らかに狼狽しながらも反論する勇者。

「う、嘘だぁ、そんなに弱い勇者なんていないよ。勇者はあんなふうにやられたりしないよぉ」

 その言葉に、それまでの勇者の勢いが止まる。そして一拍おいて、彼は毅然とした態度でこう言い放った。

「勇者は、誰も傷つけない」

少女は名を「エル」といった。彼女には両親の記憶が無かった。それどころか生まれた故郷の記憶すらなく、気付いたらこの町にいたという事だった。

勇者は時間を超えてこの時代にやってきたことは伏せ、ただ「魔王を探している」とだけ少女に告げた。エルは、ならばその手伝いがしたい、と言って、始終勇者をつけまわした。

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