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「わたしは万民を幸せにする方法は知らないが、その問いに答える道具を知っている。王国の半分を失いかねない道具で、王の存命中に答えが出るとは限らない。それでもよければ教えよう」
グレダスは唸った。
「余が滅びても民は残る。いいだろう。欲しくば、王国半分くれてやる」
「わたしが貰うのではない」
ジエは苦笑した。
「五日ほど待て」
「五日の間に何をする?」
「図面を見たり、話を聞いただけでは分からんだろうから、模型を見せてやる」
五日後、再び謁見の間にジエは通された。そこにはジエが先に伝えたように大きなテーブルが用意されていた。その上にジエが馬車で運んできた奇妙な道具が置かれていた。
正方形の箱の中には円や楕円、ぎざぎざした星のような形の円盤が詰まっていた。棒に通された部品の数は多く、中心を見ることはできなかった。その上部にはジエ自らの髪を編んで作った紐が垂れていた。白銀の紐の先には金でできた三角推のおもりが付けられ、それは何もしないのにゆらゆらと揺れていた。
ジエはグレダスとミディアに説明した。
「わたしは『解析機関』という道具を考えて図面を引いたが、デウのような小国では金も人手もなく造れなかった。これは木で作った模型だ」
「どのような道具だ」
「知りたいことを聞けば答える道具だ。簡単なことであればすぐに答えようが、なにぶん使ったことがない。問いにどのくらいで答えるか、わたしにも分からん。だが、人のように怠けたりしないで、未来永劫、答えが出るまで考え続ける」
「未来永劫とは大きく出たな。この模型は動くのか?」
「図面通りに作ってはいるが、動かす力が働かないので動かない。わたしの髪を編んで作ったこの部分が魔力の発動部分だ。これが動くと全体の時が止まる」
「時が止まる?」
「時が止まれば壊れることがない。止まった時の中を動き続ける」
「おまえとて未来永劫生きられるわけではあるまい。おまえが死んだあとも魔力が残ると言うのか」
「それは……」
ジエは言葉を濁して、ミディアを見た。ミディアは興味深そうに解析機関の中を覗き込んでいた。
ジエは尊大な口調で答えた。
「案ずるな。大地の力を使う。今も何もしないのに三角錐が揺れているだろう。これがその力だ。北の地に行けば行くほど強くなる。この力は大地が滅するまで失われることはない」
「今度は大地の力か。途方もない話だ。それを信じよと申すのか」
「信じる信じないは、おまえの問題だ。わたしは事実を話しただけだ」
「少し考えてもよいか。その間、おまえには部屋を用意し、付き人も付けよう」
「幾らでも考えるがいい。だが、人の身で自然と戦うには、なまじの覚悟では足らんぞ」
ジエは与えられた王城の一室で暮らし出した。見晴らしのよい部屋で、付き人たちは礼儀正しい者たちだった。
グレダスの答えを待つある夜、ジエは謁見の間のテラスに出た。そこからは煌々と輝く月が見えた。
背後で小さな音がした。振り返ると、ミディアが立っていた。両手で構えた短剣を見て、ジエは薄く笑みを浮かべた。
「わたしを殺しに来たか。おまえは王を守るために自分の命を賭けることができるのか」
ジエの言葉にミディアは即答した。
「できます」
ジエはミディアのか細い声の中に強い意志を聞いた。
「我が国もほかの国と同じくグレダス王に滅ぼされました。その憎しみや哀しみはありましたが、それ以上のものをグレダス王はわたくしにくださいました」
「そうか」
ジエは月の光を受けてきらめく刃を見つめた。
「それならば、その短剣でわたしを突くがいい。苦しみたくないので、ここを一突きして終わらせてほしい」
ジエは白い衣の胸を右手の親指でつついた。
ミディアは口元を引き締め、短刀を構えた。短刀の刃先が震え出し、震えは次第に大きくなっていった。
ミディアの手から短刀が落ちた。
「ガザウス、デウに攻め入った軍団長が干からびて死ぬ様子を見ました」
ミディアは涙を浮かべて激しい口調で言った。
「なぜ、わたくしを同じ目に合わせないのです。力がありながら死を選ぼうとするのです。敗戦国の女が王妃になったことを哀れんでいるのですか」
「いや、違う」
ジエは笑みを浮かべた。
「わたしも無敵ではないんだよ。わたしを殺そうとする者には、男だろうと女だろうと私の術が死をもたらす。だが、愛する者を守ろうという強い意志を持った女には効かないんだ」
青白い月明かりのせいか、ミディアにはジエの表情が優しげに見えた。ミディアの目から涙がこぼれた。
「なぜ、そのような秘密をわたくしに?」
「なぜだろうな。おまえに嘘を言ってだます気はない。それにこのことは秘密でもない。魔道とはそういうものなんだ」
ジエは短剣を拾い、ミディアの腰のベルトの鞘に戻した。テラスに置かれた長椅子にミディアを座らせ、ジエは壁のそばに立った。泣き止んだミディアが小声で聞いた。
「ここへは復讐に来られたのではないのですか」
ジエはうなずいた。
「その通りだよ」
「なぜおやめになったのです?」
「おまえたちを見て、復讐する気が消えた」
ミディアの問いかけるような視線から、デウは一瞬目をそらした。
「気を悪くするなよ。髪の色から、おまえはルムルの出だろう。しかも、言葉遣いや立ち振る舞いから察するに王族だったのではないか」
「さようでございます」
ジエは壁に寄りかかって、夜空を見上げた。
「グレダスは貪る狼と称された野蛮な男だと思っていたが、妻を娶り、愛している。狼に貪り食われた民でありながら、おまえもグレダスを愛している」
ミディアは唇を噛み締めた。
「勘違いするな」
ジエは微笑みかけた。
「おまえたちは過去を許しあい、未来に向けて子をなした。それがわたしの復讐心を消した。未来に何も生み出せないわたしにグレダスを裁く資格はない」
「それは……」
ミディアは言葉を飲み込んだ。
「気にすることはない。魔道に殉じたものは子をなせない。男も女も。なすはずだった子たちから奪った命で生き続けることが長命の秘密さ」
ミディアは息を呑んだ。
「それでよろしいのですか」
「良いも悪いもない。わたしが選んだことだ」
十日後、グレダスはジエに解析機関の構築を命じた。ジエは探し出していた北の土地に向かった。
多くの民と資材が北の地に送られた。民のほとんどは帰ることもなく、その地で死んだ。
七年後、ジエの元にグレダスからの早馬が届いた。至急戻れという指示に従い、王城に戻ったジエを憔悴したグレダスが待っていた。
「どうした! 何があった」
「ミディアが…… 流行り病に倒れた」
グレダスはすがるような目でジエを見つめた。
「ジエよ。王妃を治してはくれぬか」
ジエはゆっくりと頭を左右に振った。
「助けてやりたいのはやまやまだが。わたしは医術を知らない。人を助ける術を持たないんだ」
「『死を知り尽くしたもの』と申したそうではないか」
「ああ…… 医術とは逆の、死に至らせる術なら知り尽くしている」
「余と同じか」
グレダスの自嘲にジエは苦笑するしかなかった。
ミディアに請われ、ジエは病床に向かった。ミディアは侍女に椅子を運ばせると、部屋から出るように命じた。
「お座りください」
ミディアに勧められ、ジエは枕元に運ばれた椅子に腰掛けた。黒い髪はそのままだったが、肌がさらに白さを増していた。痩せたせいか、黒目がちの目が大きくなり、やつれてはいたが少女のように見えた。
「大丈夫か」
「今はなんともありません。でも、長くはないでしょう。ジエ様の用事はお済みですか?」
唐突に聞かれ、ジエは一瞬考え込んだ。かつての会話を思い出し、ジエは笑みを浮かべた。
「その気は失せたと言ったではないか」
「さぁ、そうでしたっけ。でも、王の、グレダスの心はわたくしがいただきますよ」
ミディアは微笑んだ。
「命はご随意に」
ジエはミディアの手を握った。手のひらが熱を帯びていた。
「何もしない。おまえが心配するようなことは」
「わたくしに嘘をつかないとおっしゃいましたよね。わたくしはそれを信じています」
「それでいい。わたしはおまえに嘘はつかない」
ジエはミディアの耳元に顔を寄せた。
「心遣いに感謝している。必要なことがあったら、おまえの言う通りにしよう」
ジエの言葉に、ミディアは安心したような笑みを浮かべた。
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