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もしかしたら、みんな眠らされて連れてこられたのかもしれない。私はこのとおりの体で、眠らせる必要がないって思っただけかもしれない。そうだ! 子供を誘拐して、その臓器なんかを取ってしまうなんてことも聞いたことがある。もしかしたら、これはそれなのかも……。
恐ろしいことが頭をよぎる反面、
『こんな私の、癌に侵されてボロボロになった体でも使えるところなんてあるのかしら?』
ちょっとすっとぼけたことを思うのは、流す涙も尽きてしまって、逆に気力が戻ってきたからかしら?
周りから音が何も聞こえないということは、「犯人もここにはいない」ということなんじゃないかな?
そっと、腕を上げて見る。ふたを押し上げてみる……
開く!
上半身を起こし、そっと、そっとふたをずらして、隙間から辺りをうかがってみた。薄暗くてよく分からないけれど、どこかの倉庫か何か、そんなもののような感じだ。ノラ猫が様子をうかがって少しずつ道に出てくるように、じり、じりと、もう少し、もう少しと頭を出してみれば、そこに人は誰もいないけれど、私が入れられているこの箱と同じようなものが山積みになって置かれているのが見えた。
これのすべてに人が入っているのかしら?
正直、ぞっとした。戦慄という凍った槍に串刺しにされたような感覚だった。
それほどに、その「箱」の数は多かった。全身の毛が総立ち、肌が粟立つのすら感じた。
何なの、これは?
もしも、このすべてに人が入っているのだとしたら……とてもじゃないけど、自分ひとりでどうこう出来るものじゃない。逃げるだけじゃない、助けを呼ばなきゃ……。
病室で読んでいたマンガや小説なら、誰かヒーローが助けに来てくれるところだけど、現実にはそんな人はいない。そう、私がやらなきゃいけないんだ。
箱を出ると、あとはもう後ろを振り返らない。薄暗いなかを手探りで出口らしきところを見つけ出して、外へと飛び出した。
体がまだ動くうちに……
警察にでも飛び込まなくっちゃ……
裸足の足にアスファルトは痛いけれど、そんなことに構っていられない。とにかく歩いて、まずは出来るだけここから離れないと。
恐怖を振り切って、「助かりたい」「生き延びたい」一心で懸命に足を動かした。
どこを、どう歩いたのか、もうさっぱり覚えていない。
ただ、無我夢中だった。もつれる足も気にせず、体が鉛のように重いことにも鞭打って、呼吸が荒くなっても、心臓が破れそうに感じられても、這いずるようにただひたすら歩き続けた。
そのうちに、何か見覚えのある景色があることに気が付いた。
そうだ、ここはうちの近所だ! ……あれは幼なじみのみっちゃんの家だ!
「帰りたい」という想いが強くあって、無意識のうちにここへたどり着いたのだろうか? でも、理由なんて今はどうでもいい。この体がまだ動くうちに、家よりも近い、まずはみっちゃんの家に行こう。みっちゃんなら、大丈夫、助けてくれるはずだ。
ああ、これでようやく助かるんだ……。
知れず、涙がこぼれてきた。
安心すると人は力が抜けるというけれど、まさにその通りだと思った。でも、まだダメ。もう少し、もう少しだ。ここで気力が尽きてしまったら、私の体はまた動かなくなってしまうだろう。もしかしたら、そこで命も尽きてしまうかもしれない。
それはいやだ! 絶対に、いや!!
せっかく逃げ出したのに……せっかく助かったのに……せっかくここまで来たのに……せっかくまた動けるようになったのに……私の人生はこれからだというのに……夢だって、希望だって、いっぱい。おいしいものも食べたい、みんなとおしゃべりして遊びたい、恋だってまだ知らないのに……。
自分を奮い立たせて、一歩、また一歩と進んでいく。
戸を叩いた。
でも、その音は自分でも分かるくらいにか細かった。こんなもので家の中の人が気付くわけはない。ああ、私の力はここまで衰えているんだなあ……。
みっちゃん! みっちゃん!!
今度は声を出してみた。いや、声を出そうとした。でも、のどの奥で声というものが鉛の玉にでもなってしまったかのように、重く引っかかって出てきてくれない。
また、涙が出そうになる。
もどかしい、もどかしくてたまらない。
声も出ないんだ、もう、私……。
でも、まだ体は動く。手は動く、足は動く。
ここまで来られたんだ、諦めちゃダメ!
裏手へと回ってみる。勝手知ったるなんとやらというやつ、みっちゃんのおうちはお庭に面したほうにリビングがあるから、顔を見せればきっと迎え入れてくれるわ。
ああ、ほら、楽しそうな声が聞こえる。きっと、夕食後の団欒中なんだわ。私も早く、自分の家で、家族と一緒に笑いあいたい。
窓を叩く。
みっちゃん……みっちゃん……!
声は出なくても、ほら、気付いてくれた。
振り向いてくれた。
みっちゃん、みっちゃん、私だよ、あのね……
「キャアッッーー!!」
え、なに、なんで悲鳴なんてあげるの? 私よ、私なのに……。
咄嗟に、逃げ出していた。
だって、悲鳴なんて上げられるんだもん。
みっちゃんの顔は、振り向いたときのあの顔は、凍りついた「恐怖」のそれだった。私を見てあんな顔するなんて……幻か何かと勘違いしたんだろうけど、ちょっと許せないかな……悲しいかな……。
嫌だな……。
そうよ。何もみっちゃんに頼ることない。家に帰ろう、ああ懐かしき我が家よ、だわ。
あと少し、あと少し歩けば、数ヶ月ぶりの私の家。
お母さんになんて言おう。
ジワリと、涙がまたこぼれそうになる。でも、これは嬉しい涙、解放されたことを喜ぶ涙のはず。そう、ようやく会えるんだもの。ようやく帰ってきたんだもの。
『お母さん……お母さん……』
いっぱい、いっぱい、いろんなことを話したい。
お母さんの顔が見たい。
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