連れ去られたけど逃げ出してきたよ。誘拐されたけど、うまく逃げてきたよって、こんなこと遭ったよ、冒険したよ、って言うの。でも、何故かしら、みっちゃんに悲鳴を上げられちゃった? 私、何か嫌われるようなことでもしちゃったかな? ああ、それよりも、同じように捕まっている人たちを早く助けてもらわなきゃ……。

でも、嬉しいこともあったよ、ほら動けるようになったよって、言うの。もう大丈夫、私は病に勝ったんだって言いたい。逃げてこられるくらいに、自分ひとりで帰ってこられるくらいに、体が動くようになったんだもの。

話したいこと、いっぱい、いっぱいあるよ。

お母さん、お姉ちゃん、お父さん……。

あれ? もう、無用心ね、玄関、開いてるじゃない。言わなくちゃいけないことがまた増えたわ。

でも、何故かしら? 家の中が何だか暗く感じる。沈んだような、重いような……深海の底ってこんな感じかしら? ああ、そうか、なんだ、明かりがついていないだけね。もう、みんな寝ちゃったのかしら? みんな結構夜更かし屋さんなのに、今日は早く寝るのね?

なんで、誰もいないの?

私、帰ってきたのに。ただいまって言いたいのに、おかえりって言ってほしいのに……。

何だか、また体が重くなってきた……ああ、しんどい……この家って、こんなに広かったっけ? 間取りは……あっているわよね? 私の家よね? ……体が重いわ。

仏間?

そうか、ここはおばあちゃんの部屋だ。今はもう、「仏間」になってしまっているね。

おばあちゃん、ただいま、私、帰ってきたよ。元気になって帰ってきたよ。



な、なに、あれ!

おばあちゃんの遺影があるのは分かるわ。でも、その隣、なんで、どうして? 私の写真があるの!!

まさか、まさか……



もしかして……



「キャアッーーー!!」



また、悲鳴?

おねえ……ちゃん?

どうして、お姉ちゃんも悲鳴なんて上げるの?

やっと会えたお姉ちゃん。でも、振り向いてみたお姉ちゃんの顔は、みっちゃんと同じ顔色をしていた。恐怖が顔面に張り付いていたようで、信じられないものを見たと、真っ青な顔で逃げて行った。

「どうしたの?」悲鳴を聞きつけて出てきたらしい、お母さんの声が聞こえる。

「あ、あれ……あれ、あれ……」

「あれ? ……って?」

声を追って、私も廊下へ出る。

何で? どうして? 私、いらない子だって、捨てられてちゃったの? 売られちゃったの?

私、元気になったよ。いっぱい、いっぱい迷惑掛けたけど、お金もたくさん使わせちゃったけど、ほら、動けるようになったよ。これから恩返しするから、いっぱいいっぱい恩返しするから……だから、だから、もう一度ここの子でいさせて!

心の動揺があまりにも大きすぎたのか、また体が動かなくなってきているのを感じる。けど、でも、動かなきゃ。お母さんに、お姉ちゃんに、動けることをアピールしなきゃ……。

ずる、ずると引きずるように歩く。

でも、お母さんも、お姉ちゃんも、恐怖に引きつった顔で後ずさりする。いや! やめて! そんな顔で私を見ないで、逃げないで……お願い、お願いだから……。

ふいに、廊下の姿見に目が行った。

そこにお人形があったから。私のお気に入りのお人形があったから。病室のベッドの枕元、いつでも、そう今でもそこに置いてあるはずのそれがあったから。

なんで? どうして、これがここにあるの?

そっと、それに向かって手を伸ばすと……

人形の手が動いてる!

……ううん、違う……これ、鏡だ。

だから、動いているのは……

ゆっくり、またお姉ちゃんとお母さんのほうへ顔を向けた。

ふたりは抱き合って、恐怖に引きつる顔で私を見ている。



「ああ、そうだ……私……わたし……」



ワタシ……



「死ンダン、ダッタ……」





「人形は、鏡を見て、こっちを見て、まるで、そこではじめて自分が何者か分かったようにもう動かなくなったんです。

恐るおそる近寄ってみると、涙のあとが深く、ふかく何重にも頬に刻まれていることが分かりました。」



「あのお人形は、娘が一番かわいがっていたものでしたから、それだけに手元に置いておくと娘のことを思い出してしまって……それで、いっそ誰か他の人にかわいがっていただこう、大事にしていただこうと思いまして、信頼するお人形屋さんに引き取っていただいたんです。

あれは、先に亡くなった祖母があの子がまだ元気なころに買い与えたものなのですが、何とかというアンティークドールだとか、コレクターには高く売れるとかだったらしいんです。それで引き取ってもらえたんですが……。

あとから聞いたんですが、引き取ってもらってすぐに泥棒に入られたらしいんです。あれも、一緒に盗まれてしまったみたいですね。

それがまさか、自分の足でここに帰ってくるなんて……」



でも……



「娘は、穏やかな顔で、眠るように逝ってしまいました。その顔は安らかで、もうこれで苦しむこともなくなると、それから解き放たれたからこんなに透き通った顔をしているんだと、その場に立ち会った者はみんな思っていました。……いいえ、今思えば、そう思い込みたかったのかもしれません、私を含めて、みんな。

あのお人形の涙のあと、あれを見ると、娘はまだ生きたかった、元気になりたかった、やりたいこともいっぱいあって無念を抱えて死んだんじゃないか、今ではそう思っています」

 

「お人形ですか? ありますよ、お仏壇のところに……」

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