Web小説『エトワールお嬢様の冒険』

第三幕
『検死報告』

一通りのアイサツを済ませた後、チョリスはエトワールたちを奥の診察室に案内した。

部屋の中は広く、きれいに片づいていたが、殺風景だった。
診察をおこなうための場所なのだから、当然といえば当然だ。
派手な診察室など聞いたことがない。

チョリス
「これを見てください。」

チョリスが指さした方向にはベッドがあり、そこには大きな白い布で覆われた『何か』が横たわっていた。

それが何であるかは簡単に想像できたが、チョリスの震える指先が事態の重さを物語っていた。

エトワールが目で合図を送ると、モミーとハマーはうなずいて白い布を取り除いた。
一同に緊張が走る!

しばしの沈黙の後、エトワールたちは妙な安堵感を覚えた。
そこには一人の老婆の遺体が安置されているだけだった。

不謹慎な話だが、エトワールたちはもっとすさまじいものを想像していた。
はるばるマザーグリーンから自分たちを呼び寄せたのだ。
並の事件ではなかろうと、来る途中から様々な想像をめぐらせ覚悟していたのだ。

しかし、そこにあるのはまぎれもなく、ただの老婆の遺体だった。
なにやら拍子抜けだったが、気を取り直してエトワールは遺体を観察した。

顔や手はしわくちゃで、頭髪も真っ白だ。
歳も七十は過ぎているだろう。
衣服の外から見た感じでは外傷もない。
しかし、エトワールはこの遺体に異常ともいえる違和感を感じた。

この老婆の着ている服が若すぎるのである。
鮮やかなピンクのワンピース──老婆のファッションにしてはハデすぎである。

モミーとハマーもその違和感には気づいているようだったが、うまく表現することができず、ただ真剣な面もちで沈黙を守っていた。

重い空気に耐えかねて、エトワールは冗談めかすようにつぶやいた。

エトワール
「このおばあ様、かなりハデなご趣味だったようですわね。」


ハマー
「お嬢さんも歳をとったら、こんな感じになるんじゃないですかい?」

バチ当たりな上に失礼なハマーが、すかさずツッコミを入れる。
エトワールは怒って何か言い返そうとしたが、チョリスの言葉にさえぎられた。

チョリス
「……エトワール様。」

チョリスが重々しく口を開く。
彼の唇は紫を帯び、小刻みに震えている。

チョリス
「その遺体は……老婆ではないのです。」

エトワール
「????」

エトワールは整った眉をひそめた。
目の前にある事実を否定されたのだ。
そこに犬がいるのに、「あれは猫だ」といわれたのに等しい。
誰だって疑問に思うだろう。

チョリス
「これを見てください。」

かすかに震える声でそういうと、チョリスは遺体の衣服のえりをめくって見せた。
遺体の首筋には小さな穴が開いていた。
シワに隠れてほとんど見えないような穴である。

チョリス
「被害者の娘は、この傷口から全身の血を一滴残らず吸い取られています。
死因は失血によるショック死かと……。」

エトワール
「ちょっ、ちょっと、お待ちになって!」

エトワールが叫ぶように説明するチョリスを止める。
殺風景な診察室に重苦しい空気が漂う。
その場にいる誰しもが異常な緊張に息をするのも忘れていた。
全身から冷たい汗が噴き出してくる。
エトワールはゴクリとつばを飲んで、自らの言葉を確かめるようにゆっくりとつないだ。

エトワール
「今……『娘』とおっしゃいまして……?」

チョリス
「……はい。
この遺体は今年で十七になる村の娘のものなのです。」