第五幕
『Living Dead(生きた死体)』
ヴァンパイアの活動時間は夜である。
日中も暗闇でなら自由に活動できるが、ほとんどの場合は夜にそなえて眠っている。
現在の時刻は正午、天気は快晴。
ヴァンパイア狩りに最も適した条件だ。
エトワールたちの決断は早く、さっそく教会を調べることにした。
──が、さきに診察室を出たエトワールとチョリセ夫妻に続こうとしたところで、モミーが部屋の中の異変に気づき、足を止めた。
モミー
ハマー
ヘビースモーカーのハマーにとって、禁煙の診察室は空気のない世界と同じである。
早く外に出て葉巻を吸いたいハマーが、面倒くさそうにモミーの視線の先を見た。
そこには、さきほどの遺体が元通り白い布で覆われて安置されているだけで、特に何も変わりないように見えた。
ハマー
モミー
ハマーが今度は真剣な目つきで、記憶の糸をたどりながら布のふくらみを見る。
ハマー
モミーとハマーは顔を見合わせた後、一つうなずいて遺体のあるベッドへ慎重に一歩ずつ近づいた。
彼らは決して臆病ではない。
彼らの危険に対する嗅覚がそうさせるのだ。
幾度となく死の危険をくぐり抜けてきたからこそ、慎重にならなければならない場面を心得ている。
彼らの手はベッドとの距離が縮まるにつれ、自然に懐の拳銃へとのびていった。
そして、銃口をベッドに向けて、二人は一気に引き剥がすように白い布をめくりあげた。
そこにあったものは!
ハマー
モミー
ハマー
笑ってはいるがハマーの目は真剣だった。
そう。
そこには何もなかったのである。
白いベッドの上に横たわっていたはずの遺体が霧のように消えてしまったのだ。
もはや完全に異常事態である。
二人は窓の外から降り注ぐ太陽光線という安全地帯へ素早く移動し、注意深く部屋全体を見回した。
ハマーが部屋の右端へ視線を動かそうとしたとき、その逆方向で一瞬何かが動いたように見えた。
ちょうど薬品を入れる棚の影になっていたので、はっきりとは見えない。
エトワールとチョリセ夫妻は、すでに部屋を出ている。
この部屋にはモミーと自分しかいない。
確かめるために愛用のサングラスを下に少しずらし、目を細めて近づいてみる。
その瞬間、ピンク色の巨大な物体が視界に飛び込んできた!
ズギューン!
反射的に放った弾丸はピンクの物体に見事命中したが、勢いは衰えずハマー目がけて襲いかかった。
驚くべきスピードだったが、それよりも早く真横からハンマーを叩きつけるようなモミーの右ストレートが物体をとらえた。
その物体は、きりもみ回転しながら宙に舞い、薬品棚に叩きつけられた。ガラスの破片が星くずのようにキラキラと四散する。
普通の生物なら即死してもおかしくはない。
普通の生物なら……。
──が、しかし、それは生物ですらなかった。
ムクリ。
何事もなかったかのように、それは起きあがった。
ピンクのワンピース、白い髪、しわくちゃの肌。
それはまぎれもなく死体だったはずの少女だった。
矛盾した表現になるが『生きた死体』とでもいえば良いのだろうか?
死体だったはずの少女が真っ赤な目で二人をにらみ、白く光る牙をむいた。
ハマー
モミー
ハマー
軽口をかわしながらも、二人の銃口はヴァンパイアの心臓を狙っていた。
しかし、不意にヴァンパイアは身を沈め、死体とは思えないほどの脚力でジャンプし、天井を突き破った。
ハマー
ズギューン!
ズギューン!
てっきり襲いかかってくるものとばかり思っていた二人は完全に虚をつかれ、あわてて放った数発の弾丸は天井に小さな穴を増やしただけだった。
銃声を聞いて駆けつけたエトワールとチョリセ夫妻は、診察室の惨状を見て目を開いた。
エトワール
ハマー
モミー
エトワール
下からのぞき込むように天井を見ると、大きな穴が二階へと突き抜けているのがよくわかった。
エトワール
エトワール
そういって背を向け、二階へ向かおうとするエトワールの手をアイリスがすがるように握ってきた。
アイリス
彼女の目には涙があふれていた。
エトワール
エトワールは短く答えると、足早に階段へと向かった。
日中も暗闇でなら自由に活動できるが、ほとんどの場合は夜にそなえて眠っている。
現在の時刻は正午、天気は快晴。
ヴァンパイア狩りに最も適した条件だ。
エトワールたちの決断は早く、さっそく教会を調べることにした。
──が、さきに診察室を出たエトワールとチョリセ夫妻に続こうとしたところで、モミーが部屋の中の異変に気づき、足を止めた。

「おい、ハマー。
ちょっと、おかしくねぇか?」
ちょっと、おかしくねぇか?」

「あ?
何が?」
何が?」
ヘビースモーカーのハマーにとって、禁煙の診察室は空気のない世界と同じである。
早く外に出て葉巻を吸いたいハマーが、面倒くさそうにモミーの視線の先を見た。
そこには、さきほどの遺体が元通り白い布で覆われて安置されているだけで、特に何も変わりないように見えた。

「別に何もおかしくねぇぜ。」

「よく見ろ。
布のふくらみが、さっきより小さくなってやしねぇか?」
布のふくらみが、さっきより小さくなってやしねぇか?」
ハマーが今度は真剣な目つきで、記憶の糸をたどりながら布のふくらみを見る。

「そういえば……。」
モミーとハマーは顔を見合わせた後、一つうなずいて遺体のあるベッドへ慎重に一歩ずつ近づいた。
彼らは決して臆病ではない。
彼らの危険に対する嗅覚がそうさせるのだ。
幾度となく死の危険をくぐり抜けてきたからこそ、慎重にならなければならない場面を心得ている。
彼らの手はベッドとの距離が縮まるにつれ、自然に懐の拳銃へとのびていった。
そして、銃口をベッドに向けて、二人は一気に引き剥がすように白い布をめくりあげた。
そこにあったものは!

「なんでぇ。
何もねぇじゃねぇか、モミー。」
何もねぇじゃねぇか、モミー。」

「どアホウ!
何もねぇから、問題なんじゃねぇか!」
何もねぇから、問題なんじゃねぇか!」

「ハハハ。
そりゃそうだ。」
そりゃそうだ。」
笑ってはいるがハマーの目は真剣だった。
そう。
そこには何もなかったのである。
白いベッドの上に横たわっていたはずの遺体が霧のように消えてしまったのだ。
もはや完全に異常事態である。
二人は窓の外から降り注ぐ太陽光線という安全地帯へ素早く移動し、注意深く部屋全体を見回した。
ハマーが部屋の右端へ視線を動かそうとしたとき、その逆方向で一瞬何かが動いたように見えた。
ちょうど薬品を入れる棚の影になっていたので、はっきりとは見えない。
エトワールとチョリセ夫妻は、すでに部屋を出ている。
この部屋にはモミーと自分しかいない。
確かめるために愛用のサングラスを下に少しずらし、目を細めて近づいてみる。
その瞬間、ピンク色の巨大な物体が視界に飛び込んできた!
ズギューン!
反射的に放った弾丸はピンクの物体に見事命中したが、勢いは衰えずハマー目がけて襲いかかった。
驚くべきスピードだったが、それよりも早く真横からハンマーを叩きつけるようなモミーの右ストレートが物体をとらえた。
その物体は、きりもみ回転しながら宙に舞い、薬品棚に叩きつけられた。ガラスの破片が星くずのようにキラキラと四散する。
普通の生物なら即死してもおかしくはない。
普通の生物なら……。
──が、しかし、それは生物ですらなかった。
ムクリ。
何事もなかったかのように、それは起きあがった。
ピンクのワンピース、白い髪、しわくちゃの肌。
それはまぎれもなく死体だったはずの少女だった。
矛盾した表現になるが『生きた死体』とでもいえば良いのだろうか?
死体だったはずの少女が真っ赤な目で二人をにらみ、白く光る牙をむいた。

「この娘、ヴァンパイアになっちまったようだぜ、モミー。」

「……らしいな。
どうやら、お前のことがお気に召したようだ。
献血してやったらどうだ、ハマー?」
どうやら、お前のことがお気に召したようだ。
献血してやったらどうだ、ハマー?」

「愛の献血ってか?
悪くねぇな。」
悪くねぇな。」
軽口をかわしながらも、二人の銃口はヴァンパイアの心臓を狙っていた。
しかし、不意にヴァンパイアは身を沈め、死体とは思えないほどの脚力でジャンプし、天井を突き破った。

「野郎ォッ!」
ズギューン!
ズギューン!
てっきり襲いかかってくるものとばかり思っていた二人は完全に虚をつかれ、あわてて放った数発の弾丸は天井に小さな穴を増やしただけだった。
銃声を聞いて駆けつけたエトワールとチョリセ夫妻は、診察室の惨状を見て目を開いた。

「何事ですの、これは!」

「お嬢さん、大変です!
さっきの遺体がヴァンパイアになりやがったんでさぁ!」
さっきの遺体がヴァンパイアになりやがったんでさぁ!」

「そこの天井の穴から逃げられやした!」

「なんですって!?」
下からのぞき込むように天井を見ると、大きな穴が二階へと突き抜けているのがよくわかった。

「……幸い今は太陽が昇っている時間帯ですわ。
ヴァンパイアは、まだ二階に潜んでいるはず。
陽が沈む前に退治してしまいましょう。」
ヴァンパイアは、まだ二階に潜んでいるはず。
陽が沈む前に退治してしまいましょう。」

「チョリスさん、アイリスさんはそこの窓から外に出て、必ず日光の当たる場所にいてください。
よろしいですわね?」
よろしいですわね?」
そういって背を向け、二階へ向かおうとするエトワールの手をアイリスがすがるように握ってきた。

「エトワール様!
娘が……クレアがまだ二階にいるんです!
どうか!
どうか、お助けください!」
娘が……クレアがまだ二階にいるんです!
どうか!
どうか、お助けください!」
彼女の目には涙があふれていた。

「……了解しましたわ。」
エトワールは短く答えると、足早に階段へと向かった。