第六幕
『渇きを癒すのは血か銃か?』
チョリセ家の二階はカーテンを閉め切っていたので暗くなっていたが、一階の診察室とは対照的に家庭的な暖かい雰囲気だった。
(このどこかにヴァンパイアがいる)
そう思うと逃げ出したい気分になる。
不安、恐怖といった感情がエトワールの中を目まぐるしく駆け巡る。
素早い標的を相手にする際、せまい場所では同士討ちになる危険があるので、モミーとハマーは一階に待機させた。
当然二人は猛反対したが、同士討ちの危険性と、エトワールの拳銃の腕が自分たちよりも上だということはわかっていたので、最終的にはしぶしぶ納得した。
ギィ……。
ギィ……。
廊下を一歩前進するたびに木製の床のきしむ音が響く。
今は何時頃だろうか?
外では子供たちが楽しそうに笑っている声が聞こえる。
自分の置かれた状況とのギャップに、思わず苦笑いがもれてしまう。
強がりのひとり言で自分を励まし、さらに前進する。
探しても一向にクレアが見つからないので、エトワールは苛立ってきた。
クレアが、もし物音を立てずに隠れているのなら、それは正しい選択だ。
エトワールもわかってはいたが、この緊迫に耐えられず、ついそんなことを考えてしまったのである。
タタタッ……!
足音だ。
しかし、誰の足音だろう?
クレアか?
それとも……。
エトワールは足音が聞こえた方角に向け、愛用の38口径を構えた──
エトワールは安堵のため息をついた。
そこには涙で目を赤くはらした小さな女の子が立っていた。
唇をギュッとかんで泣き声がもれるのを一生懸命こらえているようだった。
今、何が起こっているのかは理解していないだろうが、危険を感じて助けが来るのを気丈に待っていたのだろう。
エトワールは急にこの小さな女の子が愛しく思えた。
気がつくと、エトワールはかがみ込んで、クレアを抱きしめていた。
彼女の小さな体は冷たくなって震えていたが、エトワールが力強く抱きしめてやると、安心したように震えは止まり、体にぬくもりが戻っていった。
ギィ……。
ギィ……。
背後から床のきしむ音が聞こえる。
クレアが小さい腕をエトワールの首にまわし、抱きついてきた。
彼女の目に何が映っているかは、見なくともわかっている。
エトワールはクレアを抱きかかえたまま、一流のバレリーナの舞よりも華麗に振り向き、腕利きの早撃ちガンマンよりも早く銃を抜いた。
その銃口は正確に標的の心臓をとらえていた。
しかし、彼女は引き金を引くのをためらった。
狙いを定めた標的は、干からびたヴァンパイアのはずだった。
──が、目の前にはピンクのワンピースがよく似合う少女が立っていたのだ。
はりのある肌に、明るい金の頭髪。
ある一点をのぞいては普通の少女とまったく変わりがない。
だが、その一点があまりにも異常なため、一目で少女が普通ではないことがわかった。
少女の口のまわりにはベットリと深紅の液体が輝き、右手には首のない猫をわしづかみにしていたのである。
おそらく、この猫はチョリセ家のペットだろう。
エトワールたちに手をさしのべ、まるで砂漠でオアシスを発見した旅人のように血を求め、近づいてくる。
再びエトワールが銃口を向けると、ヴァンパイアは横っ飛びして扉を破り、脇の部屋へ飛び込んだ!
ドゴッ!
バゴッ!
ゴガッ!
岩を砕くような衝撃音の連続。
エトワールは何が起こっているか判断に戸惑ったが、危険が迫っていることだけは確実だった。
その場から離れようとした瞬間、真横の壁が砕け散り、白く細い手が伸びてエトワールの二の腕をとらえた。
不意をつかれたとはいえ普段ならかわせないスピードではなかったが、反対の腕に抱えていたクレアをかばったため、反応がコンマ一秒遅れてしまった。
少女のものとは思えないほどの強烈な握力で腕が締め付けられる。
苦痛に顔をゆがめるエトワールの首筋を狙って、ヴァンパイアの牙が襲いかかってくる。
その一瞬、ヴァンパイアに隙ができたのをエトワールは見逃さなかった。
気合いとともにエトワールが鋭いローキックを放つ!
さらに、足を払われて宙に浮いたヴァンパイアのみぞおちに、全体重をかけた強烈な飛び後ろ回し蹴りが炸裂する!
遙か東の国に伝わる徒手空拳の技『カンフー』。
その昔、父の客人から教わった武術だが、ヴァンパンア相手に使ったのはマール王国広しといえど、エトワールくらいのものだろう。
棒きれのように吹き飛んだヴァンパイアは壁に叩きつけられ、床にひれ伏した。
永久に満たされぬ渇きを癒すため、ヴァンパイアは獲物の姿を探した。
しかし、そこにいたはずの獲物の姿は忽然と消えていた。
反射的に振り向いたヴァンパイアの胸にはピタリと銃が突きつけられていた。
優しいが決意を込めた声でエトワールがいうと、少女は安らぎを得たようにゆっくりと目を閉じた。
その瞳から流れ落ちる一粒の雫が床を濡らしたのと同時に、エトワールは引き金を引いた……。
エトワールがそっと髪をなでてやると、クレアはおそるおそる目を開いた。
緊張の糸が解けたクレアは泣き出しそうになった。
しかし、自分の命を救ってくれた女性は喜ぶでも安心するでもなく、ただ悲しそうに床に散乱した灰と、持ち主を失ったピンクのワンピースを見つめていた。
彼女は今にもあふれ出しそうな涙を必死にこらえているようだった。
幼いクレアの小さな瞳には、それがとても大切なことのように映り、いつのまにか泣き出すことを忘れていた。
(このどこかにヴァンパイアがいる)
そう思うと逃げ出したい気分になる。
不安、恐怖といった感情がエトワールの中を目まぐるしく駆け巡る。
素早い標的を相手にする際、せまい場所では同士討ちになる危険があるので、モミーとハマーは一階に待機させた。
当然二人は猛反対したが、同士討ちの危険性と、エトワールの拳銃の腕が自分たちよりも上だということはわかっていたので、最終的にはしぶしぶ納得した。
ギィ……。
ギィ……。
廊下を一歩前進するたびに木製の床のきしむ音が響く。
今は何時頃だろうか?
外では子供たちが楽しそうに笑っている声が聞こえる。
自分の置かれた状況とのギャップに、思わず苦笑いがもれてしまう。
エトワール
「退屈な日常よりも、スリリングな冒険のほうが楽しいってもんですわ。」
強がりのひとり言で自分を励まし、さらに前進する。
エトワール
(あの子供……確かクレアちゃんだったかしら?
子供っていうのは、まったく面倒くさい生き物ですわねぇ。
必要のないときにはドタバタ走って騒ぎたおすくせに、必要なときには物音一つ立てないんですから)
子供っていうのは、まったく面倒くさい生き物ですわねぇ。
必要のないときにはドタバタ走って騒ぎたおすくせに、必要なときには物音一つ立てないんですから)
探しても一向にクレアが見つからないので、エトワールは苛立ってきた。
クレアが、もし物音を立てずに隠れているのなら、それは正しい選択だ。
エトワールもわかってはいたが、この緊迫に耐えられず、ついそんなことを考えてしまったのである。
タタタッ……!
足音だ。
しかし、誰の足音だろう?
クレアか?
それとも……。
エトワールは足音が聞こえた方角に向け、愛用の38口径を構えた──
エトワール
「クレアちゃん。」
エトワールは安堵のため息をついた。
そこには涙で目を赤くはらした小さな女の子が立っていた。
唇をギュッとかんで泣き声がもれるのを一生懸命こらえているようだった。
今、何が起こっているのかは理解していないだろうが、危険を感じて助けが来るのを気丈に待っていたのだろう。
エトワールは急にこの小さな女の子が愛しく思えた。
エトワール
「えらいわね。
よく一人でがんばりましたわね。」
よく一人でがんばりましたわね。」
気がつくと、エトワールはかがみ込んで、クレアを抱きしめていた。
彼女の小さな体は冷たくなって震えていたが、エトワールが力強く抱きしめてやると、安心したように震えは止まり、体にぬくもりが戻っていった。
ギィ……。
ギィ……。
背後から床のきしむ音が聞こえる。
クレアが小さい腕をエトワールの首にまわし、抱きついてきた。
彼女の目に何が映っているかは、見なくともわかっている。
エトワールはクレアを抱きかかえたまま、一流のバレリーナの舞よりも華麗に振り向き、腕利きの早撃ちガンマンよりも早く銃を抜いた。
その銃口は正確に標的の心臓をとらえていた。
しかし、彼女は引き金を引くのをためらった。
狙いを定めた標的は、干からびたヴァンパイアのはずだった。
──が、目の前にはピンクのワンピースがよく似合う少女が立っていたのだ。
はりのある肌に、明るい金の頭髪。
ある一点をのぞいては普通の少女とまったく変わりがない。
だが、その一点があまりにも異常なため、一目で少女が普通ではないことがわかった。
少女の口のまわりにはベットリと深紅の液体が輝き、右手には首のない猫をわしづかみにしていたのである。
おそらく、この猫はチョリセ家のペットだろう。
少女
「ちッ……!
血ィィッ……!!」
血ィィッ……!!」
エトワールたちに手をさしのべ、まるで砂漠でオアシスを発見した旅人のように血を求め、近づいてくる。
エトワール
「……かわいそうに。
小動物の血だけでは満足できないようですわね。
だけど、あなたの渇きは永遠に癒えることのない渇き。
ワタクシたちの血でも癒してあげられないのよ。」
小動物の血だけでは満足できないようですわね。
だけど、あなたの渇きは永遠に癒えることのない渇き。
ワタクシたちの血でも癒してあげられないのよ。」
再びエトワールが銃口を向けると、ヴァンパイアは横っ飛びして扉を破り、脇の部屋へ飛び込んだ!
ドゴッ!
バゴッ!
ゴガッ!
岩を砕くような衝撃音の連続。
エトワールは何が起こっているか判断に戸惑ったが、危険が迫っていることだけは確実だった。
その場から離れようとした瞬間、真横の壁が砕け散り、白く細い手が伸びてエトワールの二の腕をとらえた。
不意をつかれたとはいえ普段ならかわせないスピードではなかったが、反対の腕に抱えていたクレアをかばったため、反応がコンマ一秒遅れてしまった。
少女のものとは思えないほどの強烈な握力で腕が締め付けられる。
エトワール
「くっ……!」
苦痛に顔をゆがめるエトワールの首筋を狙って、ヴァンパイアの牙が襲いかかってくる。
その一瞬、ヴァンパイアに隙ができたのをエトワールは見逃さなかった。
エトワール
「ハイヤァァァアアアアアアッッ!」
気合いとともにエトワールが鋭いローキックを放つ!
さらに、足を払われて宙に浮いたヴァンパイアのみぞおちに、全体重をかけた強烈な飛び後ろ回し蹴りが炸裂する!
遙か東の国に伝わる徒手空拳の技『カンフー』。
その昔、父の客人から教わった武術だが、ヴァンパンア相手に使ったのはマール王国広しといえど、エトワールくらいのものだろう。
棒きれのように吹き飛んだヴァンパイアは壁に叩きつけられ、床にひれ伏した。
少女
「……血ィィッ!!
……血ィィィィイイイイイ!!!」
……血ィィィィイイイイイ!!!」
永久に満たされぬ渇きを癒すため、ヴァンパイアは獲物の姿を探した。
しかし、そこにいたはずの獲物の姿は忽然と消えていた。
エトワール
「こっちですわ。」
反射的に振り向いたヴァンパイアの胸にはピタリと銃が突きつけられていた。
エトワール
「今、あなたの渇きを癒して差し上げますわ……この銃で……!
あなたの魂に救いのあらんことを……。」
あなたの魂に救いのあらんことを……。」
優しいが決意を込めた声でエトワールがいうと、少女は安らぎを得たようにゆっくりと目を閉じた。
その瞳から流れ落ちる一粒の雫が床を濡らしたのと同時に、エトワールは引き金を引いた……。
エトワール
「……さぁ、クレアちゃん。
もう大丈夫。
終わりましたわ。」
もう大丈夫。
終わりましたわ。」
エトワールがそっと髪をなでてやると、クレアはおそるおそる目を開いた。
緊張の糸が解けたクレアは泣き出しそうになった。
しかし、自分の命を救ってくれた女性は喜ぶでも安心するでもなく、ただ悲しそうに床に散乱した灰と、持ち主を失ったピンクのワンピースを見つめていた。
彼女は今にもあふれ出しそうな涙を必死にこらえているようだった。
幼いクレアの小さな瞳には、それがとても大切なことのように映り、いつのまにか泣き出すことを忘れていた。