Web小説『エトワールお嬢様の冒険』

第七幕
『クレアのプレゼント』

エトワールが無事にクレアを救出して外に出ると、チョリセ夫妻は地面に額をこすりつけんばかりに感謝した。
二人とも涙を流しながらエトワールのことを女神だとか救世主だと褒め称え、ありがたがってくれた。
よほど、クレアのことが大切なのだろう。

モミーたちはモミーたちで、自分たちを伴ってくれなかったことをくどくどとグチってくれた。
エトワールは、それだけ心配をかけたのだから、まぁ仕方がないと思い、大人しく彼らのグチを聞いておくことにした。

ヴァンパイアが伝染すると判明した以上、他の遺体の状況が気になるところだが、幸いなことにグラスホッパー村は火葬の風習があったので、その心配はなかった。

エトワール
「他の遺体が火葬済みだったのは不幸中のラッキーでしたわね。」

なんともバチ当たりな発言であるが、この場合は犠牲者も神様も許してくれるだろうとエトワールは勝手に思った。

エトワール
「問題は行方不明者がどうなっているかですわね。」

モミー
「お嬢さん。
場合によっちゃあ、教会がヴァンパイアの巣になってるってこともありえやすぜ。」

モミーの意見に一つうなずくと、エトワールは口早に自分の計画を説明した。

エトワール
「……陽も暮れてきたことですし、教会へ乗り込むのは明日にしますわ。
チョリスさんは、村の方全員に夜の外出を控えるように伝えて、戸締まりを徹底してもらってください。
特に教会には絶対近づかないように。
理由は……。」

全員が彼女の発言に注目する。

エトワール
「……ま、適当にごまかしてくださいな♥」

さすがのエトワールも万能ではない。
たまには、ひらめかないことだってある。

チョリス
「わ、わかりました。
家内と手分けして伝えます。」

エトワール
「ワタクシたちは馬車から荷物を降ろして、明日の準備を始めますわ。
診察室の薬品類は勝手に使わせていただきますけど、よろしいですわね?」

チョリスの返答を聞く前にエトワールは張り切って馬車へ向かった。

エトワール
「さぁ、忙しくなってきましたわよ!
モミー!
ハマー!
今夜は徹夜ですわよ!」

モミー
「お嬢さん。
徹夜は、お肌に良くありやせんぜ?」

ハマー
「そうそう。
自分では若い若いと思っていても、崩れるときは一気に総崩れだっていいやすぜ?」

エトワール
「オーッホッホッホッホッホッホッ!
ワタクシを一体誰だと思っていますの?
そんな一般ピーポーの常識など、このエトワール・ローゼンクイーンには通用しませんことよ!」

チョリセ夫妻は呆気に取られながらも、この頼もしい救世主を見送った。

一夜明けて準備を整えたエトワールたちは、さっそく教会へ向かうことにした。

現在の時刻は十一時。
空は雲一つない見事な快晴だった。

アイリスが気を遣ってランチをすすめてくれたが、このさきのことを考えて丁重にお断りし、コーヒーを一杯だけいただくことにした。
紅茶党──しかも砂糖をたっぷり入れたミルクティーを好むエトワールだったが、ヴァンパイアの襲撃に備え、夜通し起きていたので、今日だけはブラックのコーヒーを飲むことにした。

黒くて苦い液体が空腹の胃にしみる。
この世で最ッ低の飲み物だと思ったが、おかげで目はバッチリ覚ますことができた。

夫妻にアイサツを済ませて表へ出ると、クレアが木の陰に隠れるのが見えた。
エトワールが近づくと、クレアは少しはにかみながら見たこともない花を差し出した。
しなびたような曲線を描いた茶色の花びらは、お世辞にも美しいとはいえなかったので、一瞬エトワールはお礼の言葉に詰まってしまった。

チョリス
「エトワール様。
それは『ムシヨラズ』といって、虫除けの効果があるのです。
その花を身につけていれば蚊や毒虫は寄ってきません。
すりつぶして飲めば解毒にも使えます。」

チョリスの言葉を聞いて、エトワールはあらためて小さな手いっぱいに花を抱えるクレアを見た。
よく見ると彼女の衣服は泥まみれ、手足はスリ傷だらけになっていることに気がついた。
おそらく今朝からエトワールのために、ずっとこの花を集めていたのだろう。

エトワールは胸がいっぱいになり、ムシヨラズの花を受け取った後、感謝を込めてクレアの額にキスをした。

エトワール
「ありがとう、クレアちゃん。」

クレア
「…………。」

クレアは、うれしそうに笑みをこぼした。
彼女のつぶらな瞳は、まるで憧れの舞台女優を見ているかのようにキラキラと輝いていた。

昨日の事件のおかげで、エトワールは一気にクレアの『憧れの人』という地位にまで成り上がったのである。
これまでのことを振り返れば、異例の大出世といえよう。

エトワールは高々とVサインを掲げたい気持ちだったが、モミーとハマーの視線に気づき、何とか高ぶる自分を抑えた。

モミー
「お嬢さんが子供に好かれるなんて、初めてのことじゃねぇか?」

ハマー
「ああ。
なにか悪いことが起きる予感がするぜ。」

聞こえてはいたが、エトワール本人でさえ子供に好かれるなんて思ってもみなかったので反論することができなかった。
しかし、子供というのもそれほど悪い生き物ではないかもしれないと思ったので、彼女専用の常識をほんの少しばかり修正することにした。

それからしばらくして、チョリス一家に見守られながらエトワール、モミー、ハマーの三名が丘の教会へと向かったのは、ちょうど正午を知らせる鐘が鳴り始めた頃だった。