第八幕
『懺悔(ざんげ)の刻』
人間の心理というのは不思議なもので、それが『甘いもの』だと聞かされれば甘いと思い込み、『怖いもの』だと聞かされていれば怖いと思い込んでしまう。
いわゆる『先入観』というやつだ。
自分が立っているこの場所も、本来なら『安らぎ』を与えてくれるはずだった。
だが、エトワールはこの場所に入ったときから『恐怖』と『嫌悪』しか感じることができなかった。
エトワール
エトワールは教会の祭壇の前に立っていた。
モミーとハマーは目立たないよう柱の影に身を隠している。
彼らが一緒にいたのでは、ヴァンパイアがエサに食いつかないだろうと考えたからだ。
もちろん、エサというのはエトワール自身である。
教会の中は意外なほど清潔で、床にはホコリ一つなかった。
祭壇に灯された長いロウソクが人の存在を示していたが、見渡す限りでは誰もいない様子だった。
一見何の変哲もない教会だが、鼻につく香の匂いが妙に気になる。
このむせ返るような香の匂いが、エトワールの感じた恐怖と嫌悪がただの先入観ではないことを暗に訴えかけていた。
この香は何か他の匂いを隠すためのものなのだろう。
おそらくは、生贄たちの血の匂いを──
ガタッ!
エトワールたちが一斉に音のしたほうへ視線を向ける。
そこには懺悔室があった。
エトワールが油断なくモミーとハマーに手で合図を送ると、二人は物音一つ立てずに低い姿勢で懺悔室へ移動した。
エトワールは気持ちを落ち着けるために深呼吸をしてから、懺悔室へ向かった。
その足取りは重く、絞首台への階段を登る死刑囚になったような心境だった。
ハイヒールブーツの足音が教会の中にこだまする。
懺悔室の前で足を止め、左右に控えているモミーとハマーに目で指示を出す。
二人は黙ってうなずき、ふところの銃に手を伸ばした。
エトワールはもう一度深呼吸をしてから、覚悟を決めたように懺悔室の中へと入った。
エトワールが腰をかけるとすぐに目の前の小窓が開く。
お互いの顔が見えないよう薄い布がはってあるので、神父の姿は見えない。
低い男の声が問いかけてくる。
冷たく乾燥した声だが、どこか人間離れした魅力がある。
そこがかえって恐ろしかった。
犠牲になった女性たちは、皆この声に魅了され、エジキになっていったのだろうか?
エトワール
エトワールは意を決して、神父に話しかけた。
エトワール
エトワール
エトワール
エトワール
よくもまぁ、こうスラスラと嘘を並べ立てられるものである。
その幼なじみの『ブサイクで、おバカな女』が聞いたら、顔を真っ赤にして怒ることであろう。
いつの間にかエトワールの背後に身を潜めていたモミーとハマーが、こみ上げる笑いと必死に格闘している。
しかし、何も知らない神父は、至って真面目にエトワールが作り上げた架空の悩みに答えようとしていた。
神父の言葉は徐々に荒々しくなり、薄い木製の扉越しからも、乱れた息遣いが伝わってくるようだった。
ドス黒い圧迫感がエトワールを襲う。
エトワール
直感がそう告げたとき、薄布の向こうから二つの不気味な光が浮かび上がった。
心が吸い取られるような真っ赤な光だ。
エトワールは急激な眠気と同時に、心の安らぎを感じた。
エトワール
並の人間なら誘惑に負け、心を支配されていただろう。
しかし、彼女は並の人間ではない。エトワール・ローゼンクイーンである。
エトワールは渾身の力を込め、自分のフトモモをつねった。
ご自慢のフトモモが赤くはれ上がるのは許し難かったが、状況が状況である。
仕方がないので、このお礼は100倍にしてお返しすることを誓い、なんとか自分自身との折り合いをつけた。
ギイィィィ……
目の前をさえぎっていた木製の扉がゆっくりと開く。
神父は、エトワールが己の支配下に堕ちたことを確信している様子だった。
エトワールは緊張と恐怖に打ち勝とうとするかのように、さらに強く自らのフトモモをつねった。
神父──いや、神父の姿をしたヴァンパイアがねっとりとした唾液にまみれた凶暴な牙をむく。
耳まで裂けた口を開き、エトワールの真っ白な首筋を獣のような牙で貫こうとした、そのとき──
エトワール
獲物にありつこうとしたヴァンパイアの動きがピタリと止まる。
モミー
ハマー
両手に拳銃を構えたモミーとハマーがエトワールの背後から飛び出し、ヴァンパイアに狙いを定める。
罠と知ったヴァンパイアが慌てて背を向けるがもう遅かった。
エトワール
エトワールの合図で数え切れないほどの弾丸がヴァンパイアに撃ち込まれる。
銃声は教会の中で共鳴し、ヴァンパイアの悲鳴すら聞こえなかった。
エトワール
モミー
答えるのとほぼ同じタイミングで、モミーとハマーがヴァンパイアに向け、銃弾の雨を降り注ぐ。
どこに隠していたのか、エトワールが愛用の1000連発機関銃『グレートマシンガン』を取り出す。
エトワール
ヴァンパイアにしてみれば、とんだ災難である。
彼にしてみれば、エトワールのフトモモのことも、密かにお返しのケタが増えていることも知るところではない。
これでもかというほどの弾を浴びつつも、さすがは不死者といわれるヴァンパイア。
苦しみながらも奥へ逃げていこうとする。
すでに教会の中は細かい木片や粉塵のせいで周囲の様子がほとんど見えない状態になっている。
そして、エトワールたちがすべての弾を撃ち尽くしたとき、大量の血痕だけを残し、ヴァンパイアの姿は霧のように消えていた。
ハマー
エトワール
フトモモのお礼を済ませたエトワールは晴れやかに答えたが、ハマーの疑問も当然である。
エトワールはわざとヴァンパイアを逃がしたのだ。
しかし、それには理由があった。
チョリスは検死報告で犯人は一人と断定していたが、それにしては被害者の数が多すぎた。
エトワールはこれに疑問を持ち、推理をした結果、一つの答えに至っていた。
それは、真の黒幕が他にいて、神父はただの血の運び屋、つまり女王蜂に餌を運ぶ働き蜂の役割を果たしていたにすぎないのではないかというものであった。
それを確かめるために、あえて神父を逃がしたのだ。
残された血痕は左右に揺れながら、奥の部屋へと続いていた。
部屋の中は教会の雰囲気とは打って変わり、邪悪な闇に包まれていた。
真っ黒な壁に真っ赤な文字で書かれた意味不明の言葉──おそらく、ヴァンパイアが信仰する邪教に用いられる古代文字の一種なのだろう。
血の痕跡はこの部屋でプツリと途切れていた。
ハマー
エトワール
エトワールの言葉に従って、モミーとハマーもくまなく部屋を調べる。
モミー
ハマー
非常事態の中、壁に掛けられた一枚の肖像画を見て、モミーとハマーがくだらない議論をはじめ出した。
(まったく、男って生き物は……)
と思いつつもつられて目をやると、そこには黒髪の美女が描かれていた。
深紅のドレスと口紅が艶めかしいほど映えている。
エトワールは目を見開いて二人に近づいた。
てっきり、しばかれるものと思っていたモミーとハマーだったが、エトワールの目的は肖像画だった。
彼女は肖像画を食い入るように観察した後、床の血痕を人差し指ですくい上げ、肖像画の女性の唇をゆっくりとなぞった。
エトワール
ゴゴゴゴッ…!
エトワールの一人自慢をさえぎるように石の床が左右に別れ、地下への階段が現れた。
彼女はせっかくの演説をこれからというときに中断され何か言いたそうだったが、思いとどまって不機嫌そうに地下へ降りていった。
モミーとハマーもお互いに顔を見合わせ、やれやれといった様子でかぶりを振った後、彼女に続いて深い闇の中へと消えていった……。
いわゆる『先入観』というやつだ。
自分が立っているこの場所も、本来なら『安らぎ』を与えてくれるはずだった。
だが、エトワールはこの場所に入ったときから『恐怖』と『嫌悪』しか感じることができなかった。

「これも先入観なのかしら?」
エトワールは教会の祭壇の前に立っていた。
モミーとハマーは目立たないよう柱の影に身を隠している。
彼らが一緒にいたのでは、ヴァンパイアがエサに食いつかないだろうと考えたからだ。
もちろん、エサというのはエトワール自身である。
教会の中は意外なほど清潔で、床にはホコリ一つなかった。
祭壇に灯された長いロウソクが人の存在を示していたが、見渡す限りでは誰もいない様子だった。
一見何の変哲もない教会だが、鼻につく香の匂いが妙に気になる。
このむせ返るような香の匂いが、エトワールの感じた恐怖と嫌悪がただの先入観ではないことを暗に訴えかけていた。
この香は何か他の匂いを隠すためのものなのだろう。
おそらくは、生贄たちの血の匂いを──
ガタッ!
エトワールたちが一斉に音のしたほうへ視線を向ける。
そこには懺悔室があった。
エトワールが油断なくモミーとハマーに手で合図を送ると、二人は物音一つ立てずに低い姿勢で懺悔室へ移動した。
エトワールは気持ちを落ち着けるために深呼吸をしてから、懺悔室へ向かった。
その足取りは重く、絞首台への階段を登る死刑囚になったような心境だった。
ハイヒールブーツの足音が教会の中にこだまする。
懺悔室の前で足を止め、左右に控えているモミーとハマーに目で指示を出す。
二人は黙ってうなずき、ふところの銃に手を伸ばした。
エトワールはもう一度深呼吸をしてから、覚悟を決めたように懺悔室の中へと入った。
エトワールが腰をかけるとすぐに目の前の小窓が開く。
お互いの顔が見えないよう薄い布がはってあるので、神父の姿は見えない。
神父
「何か……お悩み事ですか?」
低い男の声が問いかけてくる。
冷たく乾燥した声だが、どこか人間離れした魅力がある。
そこがかえって恐ろしかった。
犠牲になった女性たちは、皆この声に魅了され、エジキになっていったのだろうか?

(長話は、ご無用ですわ!)
エトワールは意を決して、神父に話しかけた。

「ああ!
神父様、お聞きになってくださいませ!」
神父様、お聞きになってくださいませ!」

「ワタクシの幼なじみに、コルネットというブサイクで、おバカな女がいるのです。
その女ときたら、ワタクシのおかげで、さる高貴な身分の方と結婚できた成り上がりのくせに、恩を忘れてワタクシにヒドい仕打ちをするのです。」
その女ときたら、ワタクシのおかげで、さる高貴な身分の方と結婚できた成り上がりのくせに、恩を忘れてワタクシにヒドい仕打ちをするのです。」

「それで、ある日とうとう我慢できなくて……ワタクシ、彼女の大嫌いなカヘルをスープに混ぜて食べさせたあげく、ショック死させてしまいましたの……。」

「ああ……神父様。
こんな罪深いワタクシを神様は許してくださるでしょうか……?」
こんな罪深いワタクシを神様は許してくださるでしょうか……?」
よくもまぁ、こうスラスラと嘘を並べ立てられるものである。
その幼なじみの『ブサイクで、おバカな女』が聞いたら、顔を真っ赤にして怒ることであろう。
いつの間にかエトワールの背後に身を潜めていたモミーとハマーが、こみ上げる笑いと必死に格闘している。
しかし、何も知らない神父は、至って真面目にエトワールが作り上げた架空の悩みに答えようとしていた。
神父
「罪深き小羊よ。
神は寛大です。
すべてをお許しになられるでしょう。」
神は寛大です。
すべてをお許しになられるでしょう。」
神父の言葉は徐々に荒々しくなり、薄い木製の扉越しからも、乱れた息遣いが伝わってくるようだった。
ドス黒い圧迫感がエトワールを襲う。

(何か来る!)
直感がそう告げたとき、薄布の向こうから二つの不気味な光が浮かび上がった。
心が吸い取られるような真っ赤な光だ。
エトワールは急激な眠気と同時に、心の安らぎを感じた。

(くっ!)
並の人間なら誘惑に負け、心を支配されていただろう。
しかし、彼女は並の人間ではない。エトワール・ローゼンクイーンである。
エトワールは渾身の力を込め、自分のフトモモをつねった。
ご自慢のフトモモが赤くはれ上がるのは許し難かったが、状況が状況である。
仕方がないので、このお礼は100倍にしてお返しすることを誓い、なんとか自分自身との折り合いをつけた。
神父
「さぁ、目を閉じて。
私があなたの罪を軽くして差し上げましょう。」
私があなたの罪を軽くして差し上げましょう。」
ギイィィィ……
目の前をさえぎっていた木製の扉がゆっくりと開く。
神父は、エトワールが己の支配下に堕ちたことを確信している様子だった。
エトワールは緊張と恐怖に打ち勝とうとするかのように、さらに強く自らのフトモモをつねった。
神父
「さぁ、罪を償うがいい。
愚かな人間よ。」
愚かな人間よ。」
神父──いや、神父の姿をしたヴァンパイアがねっとりとした唾液にまみれた凶暴な牙をむく。
耳まで裂けた口を開き、エトワールの真っ白な首筋を獣のような牙で貫こうとした、そのとき──

「そうやって、罪もない村人たちの血を吸ってきたんですの?」
獲物にありつこうとしたヴァンパイアの動きがピタリと止まる。

「罪を償うのはお前のほうだぜ!」

「懺悔しな、クソ吸血鬼め!」
両手に拳銃を構えたモミーとハマーがエトワールの背後から飛び出し、ヴァンパイアに狙いを定める。
罠と知ったヴァンパイアが慌てて背を向けるがもう遅かった。

「撃てぃっ!」
エトワールの合図で数え切れないほどの弾丸がヴァンパイアに撃ち込まれる。
銃声は教会の中で共鳴し、ヴァンパイアの悲鳴すら聞こえなかった。

「モミー!
ハマー!
遠慮はいりませんわ!
ありったけの弾をブチ込んでおやりなさい!」
ハマー!
遠慮はいりませんわ!
ありったけの弾をブチ込んでおやりなさい!」

「へい、お嬢さん!」
答えるのとほぼ同じタイミングで、モミーとハマーがヴァンパイアに向け、銃弾の雨を降り注ぐ。
どこに隠していたのか、エトワールが愛用の1000連発機関銃『グレートマシンガン』を取り出す。

「いざ、フトモモの仇!
お約束通り、1000倍にしてお返ししますわよ~~~!!」
お約束通り、1000倍にしてお返ししますわよ~~~!!」
ヴァンパイアにしてみれば、とんだ災難である。
彼にしてみれば、エトワールのフトモモのことも、密かにお返しのケタが増えていることも知るところではない。
これでもかというほどの弾を浴びつつも、さすがは不死者といわれるヴァンパイア。
苦しみながらも奥へ逃げていこうとする。
すでに教会の中は細かい木片や粉塵のせいで周囲の様子がほとんど見えない状態になっている。
そして、エトワールたちがすべての弾を撃ち尽くしたとき、大量の血痕だけを残し、ヴァンパイアの姿は霧のように消えていた。

「本当にこれでいいんですかい、お嬢さん?」

「もちろんですわ。」
フトモモのお礼を済ませたエトワールは晴れやかに答えたが、ハマーの疑問も当然である。
エトワールはわざとヴァンパイアを逃がしたのだ。
しかし、それには理由があった。
チョリスは検死報告で犯人は一人と断定していたが、それにしては被害者の数が多すぎた。
エトワールはこれに疑問を持ち、推理をした結果、一つの答えに至っていた。
それは、真の黒幕が他にいて、神父はただの血の運び屋、つまり女王蜂に餌を運ぶ働き蜂の役割を果たしていたにすぎないのではないかというものであった。
それを確かめるために、あえて神父を逃がしたのだ。
残された血痕は左右に揺れながら、奥の部屋へと続いていた。
部屋の中は教会の雰囲気とは打って変わり、邪悪な闇に包まれていた。
真っ黒な壁に真っ赤な文字で書かれた意味不明の言葉──おそらく、ヴァンパイアが信仰する邪教に用いられる古代文字の一種なのだろう。
血の痕跡はこの部屋でプツリと途切れていた。

「どうなってやがるんだ?
どこか他の部屋へ逃げたのか?」
どこか他の部屋へ逃げたのか?」

「いいえ。
ここは彼らヴァンパイアにとって神聖な場所のはず。
逃げ込むなら、ここしかありませんわ。
どこかに隠された入り口があるに違いないですわ。」
ここは彼らヴァンパイアにとって神聖な場所のはず。
逃げ込むなら、ここしかありませんわ。
どこかに隠された入り口があるに違いないですわ。」
エトワールの言葉に従って、モミーとハマーもくまなく部屋を調べる。

「おい、ハマー。
この女、なかなかの美人じゃねぇか?」
この女、なかなかの美人じゃねぇか?」

「いや、俺のタイプじゃねぇな。
俺は笑顔がステキな太めの女が好みだ。」
俺は笑顔がステキな太めの女が好みだ。」
非常事態の中、壁に掛けられた一枚の肖像画を見て、モミーとハマーがくだらない議論をはじめ出した。
(まったく、男って生き物は……)
と思いつつもつられて目をやると、そこには黒髪の美女が描かれていた。
深紅のドレスと口紅が艶めかしいほど映えている。
エトワールは目を見開いて二人に近づいた。
てっきり、しばかれるものと思っていたモミーとハマーだったが、エトワールの目的は肖像画だった。
彼女は肖像画を食い入るように観察した後、床の血痕を人差し指ですくい上げ、肖像画の女性の唇をゆっくりとなぞった。

「この女性……年齢の割に口紅の色がハデ過ぎですわ。
こういう色はワタクシのような若くて、華のある、絶世の美女にこそ……。」
こういう色はワタクシのような若くて、華のある、絶世の美女にこそ……。」
ゴゴゴゴッ…!
エトワールの一人自慢をさえぎるように石の床が左右に別れ、地下への階段が現れた。
彼女はせっかくの演説をこれからというときに中断され何か言いたそうだったが、思いとどまって不機嫌そうに地下へ降りていった。
モミーとハマーもお互いに顔を見合わせ、やれやれといった様子でかぶりを振った後、彼女に続いて深い闇の中へと消えていった……。