第十二幕
『女王の最期』
毒に犯され、ひん死の状態だったモミーとハマーを救ったのは、彼らの強じんな肉体と精神力、そしてエトワールの献身的な介護だった。
教会へ向かう前、チョリスがムシヨラズの効能について教えてくれたことをエトワールは思い出した。
すりつぶして飲むと、解毒の効果がある。
確かに彼はそう説明した。
エトワールは、クレアからもらったありったけのムシヨラズの花をすりつぶし、彼ら二人の口へと運んだ。
しかし、彼らは毒による体力の消耗とマヒ症状のせいで、うまく飲むことができない。
エトワールはすりつぶしたムシヨラズと水を口に含み、口移しで二人ののどへ流し込んだ。
ムシヨラズはこの世のものとは思えないほど苦かったが、彼らを救うためと思えば大したことではなかった。
けれども、二十一年間守り通してきたファーストキッスを彼らに捧げてしまったことは、自分だけの秘密にして墓まで持ち込もうと固く心に誓った。
こうして、モミーとハマーは救われた。
彼らは主人であり、命の恩人であるエトワールに何度も礼を言った。
背を向けてつっけんどんに返す彼女が、必死に涙を隠そうとしているは見え見えだった。
本当は彼女のほうこそ、お礼を言いたい気持ちだった。
この二人の男は、自分を守るために命をかけてくれたのだから。
しかし、いつまでたっても素直になれない彼女の口からは、こんな言葉しか出てこないのだった。
エトワール精一杯の優しさであった。
三人は二時間ほどの休息をとると、すぐに移動をはじめた。
体力を回復するのに十分な時間とはいえなかったが、この場にとどまるよりも一刻も早く事件を解決して、ゆっくりベッドで寝たいという強い気持ちがそうさせた。
回廊を抜け、地の底まで続こうかという深い深いらせん階段を下り終えた一行の前に、見上げんばかりの石門が姿を現した。
長年にわたり侵入者を拒み続けてきたであろう重厚な石造りの番人は、三人がかりで押したところでビクともしそうにない。
ところが、エトワールたちが近づくと、歓迎するかのようにひとりでに口を開き出した。
それは、大蛇が獲物を丸飲みしようとする光景にも似ていた。
敵の誘いだというのは百も承知だが、選択の余地はない。
思い切って足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。
百平方メートルはありそうな部屋にビッシリと張りめぐらされたクモの糸。
そこら中に産みつけられた無数の醜い卵。
そして、それに混じって、あの肖像画に描かれていた黒髪の女の像が乱立していた。
部屋の中に笑い声が響く。
が、いつものように脳に直接響く感覚はない。
この部屋のどこかに本人がいて、自分の声で話しているようだ。
つまり、ここがヴァンパイアの女王の巣ということになる。
自分の夫、オスグモがエトワールの手で葬られたことは知っているのだろうか?
いや、当然知っているはずだ。
それにも関わらずオスの仇のことには一切触れず、巣を荒らされたことを怒るというのは昆虫ならではの思考というべきだろうか。
最後の戦いに昂揚しているのか、ヴァンパイアの女王はやや興奮気味に言葉をしめくくった。
さて、どうしたものか?
クモの糸は、クモの体内で作られるフィブロインというタンパク質を含む分泌液からできている。
それが体内から引き出されるときに力が加わり、タンパク質が変化した結果、固まって不溶性の糸となる。
用途は巣を張るだけでなく、獲物の捕獲、交尾、産卵など多岐に渡る。
クモにとっては最高の狩り場であり、住みか。
エサとなるものにとっては、二度と戻れぬ無限地獄である。
その不利な状況下で、いかに戦うか?
エトワールが出した答えは、単純かつ明快であった。
彼女はキッパリ言い切った。
エトワールたちにしてみれば、敵の思惑にわざわざ乗ってやる義理などない。
普段なら相手をしてやらなくもないかもしれないが、今は「早く帰って寝たい」という気持ちが最優先事項となっていた。
ヴァンパイアの女王に反論の余地を与えず、一斉射撃が開始された。
手加減する気など、みじんもない。
情け容赦ない攻撃で、手当たり次第に女王の像を破壊してゆく。
モミーとハマーが大きな布袋の中から巨大なバズーカ砲を取り出し、続けざまに発射する。
爆風で次々と卵が破裂し、ドロリとした液体が飛び散る。
神殿の天井・壁・床も、あっという間にはげ落ちてしまった。
貴重な古代文明の遺産をこの手で破壊していることを考えると心が痛んだが、
「ま、しかたないですわよね♥」 と古代の人々に深くお詫びした後、エトワールは再び破壊活動に戻った。
最後の仕上げとばかりにエトワールが腰布から薬品入りのビンを取り出し、放り投げる。
ビンが割れると、その周囲が炎に包まれる。
エトワールが調合した特製の火炎ビンだ。
炎はクモの糸を伝って見る見るうちに燃え広がり、女王グモの聖地は火の海と化した。
……まったく、モミーのいうとおりである。
すさまじい破壊劇が幕を下ろしたときには、あたりにはクモの糸と卵の破片らしきもの、それに原形をとどめないほど粉砕された女王の像だけが残り、あとは見渡す限り灰の荒野となっていた。
結局、どれが本物の女王だったのか、永遠の謎となってしまった。
こうして、哀れなヴァンパイアの女王は反撃する間もなくこの世から消滅してしまったわけである。
エトワールは緊張の糸が解け、その場に座り込んだ。
そして、久しぶりの冒険を堪能した彼女は満足そうにうなずき、立ち上がった。
教会へ向かう前、チョリスがムシヨラズの効能について教えてくれたことをエトワールは思い出した。
すりつぶして飲むと、解毒の効果がある。
確かに彼はそう説明した。
エトワールは、クレアからもらったありったけのムシヨラズの花をすりつぶし、彼ら二人の口へと運んだ。
しかし、彼らは毒による体力の消耗とマヒ症状のせいで、うまく飲むことができない。
エトワールはすりつぶしたムシヨラズと水を口に含み、口移しで二人ののどへ流し込んだ。
ムシヨラズはこの世のものとは思えないほど苦かったが、彼らを救うためと思えば大したことではなかった。
けれども、二十一年間守り通してきたファーストキッスを彼らに捧げてしまったことは、自分だけの秘密にして墓まで持ち込もうと固く心に誓った。
こうして、モミーとハマーは救われた。
彼らは主人であり、命の恩人であるエトワールに何度も礼を言った。
エトワール
「ま、お礼ならクレアちゃんに言うべきですわね。
あの子がくれたムシヨラズの花がなかったら、あなたたちは今頃あの世行きだったはずですもの。」
あの子がくれたムシヨラズの花がなかったら、あなたたちは今頃あの世行きだったはずですもの。」
背を向けてつっけんどんに返す彼女が、必死に涙を隠そうとしているは見え見えだった。
本当は彼女のほうこそ、お礼を言いたい気持ちだった。
この二人の男は、自分を守るために命をかけてくれたのだから。
しかし、いつまでたっても素直になれない彼女の口からは、こんな言葉しか出てこないのだった。
エトワール
「あなたたちは足手まといになるから、ここから先は無理をせず、ワタクシのサポートに専念なさい。
よろしいですわね?」
よろしいですわね?」
エトワール精一杯の優しさであった。
三人は二時間ほどの休息をとると、すぐに移動をはじめた。
体力を回復するのに十分な時間とはいえなかったが、この場にとどまるよりも一刻も早く事件を解決して、ゆっくりベッドで寝たいという強い気持ちがそうさせた。
回廊を抜け、地の底まで続こうかという深い深いらせん階段を下り終えた一行の前に、見上げんばかりの石門が姿を現した。
長年にわたり侵入者を拒み続けてきたであろう重厚な石造りの番人は、三人がかりで押したところでビクともしそうにない。
ところが、エトワールたちが近づくと、歓迎するかのようにひとりでに口を開き出した。
それは、大蛇が獲物を丸飲みしようとする光景にも似ていた。
敵の誘いだというのは百も承知だが、選択の余地はない。
思い切って足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。
百平方メートルはありそうな部屋にビッシリと張りめぐらされたクモの糸。
そこら中に産みつけられた無数の醜い卵。
そして、それに混じって、あの肖像画に描かれていた黒髪の女の像が乱立していた。
女王
「クックックッ。」
部屋の中に笑い声が響く。
が、いつものように脳に直接響く感覚はない。
この部屋のどこかに本人がいて、自分の声で話しているようだ。
つまり、ここがヴァンパイアの女王の巣ということになる。
女王
「よもや人間の分際でここまで来ようとは……。
しかし、それもここまでじゃ。
わらわの神殿を汚した罪、その血で償ってもらおうぞ!」
しかし、それもここまでじゃ。
わらわの神殿を汚した罪、その血で償ってもらおうぞ!」
自分の夫、オスグモがエトワールの手で葬られたことは知っているのだろうか?
いや、当然知っているはずだ。
それにも関わらずオスの仇のことには一切触れず、巣を荒らされたことを怒るというのは昆虫ならではの思考というべきだろうか。
女王
「この立ち並ぶ像の中に本物のわらわが存在する!
そなたたちが生き残るためには、それを見極め、倒すしかないぞよ!
さぁ、人間よ!
来るがよい!!」
そなたたちが生き残るためには、それを見極め、倒すしかないぞよ!
さぁ、人間よ!
来るがよい!!」
最後の戦いに昂揚しているのか、ヴァンパイアの女王はやや興奮気味に言葉をしめくくった。
さて、どうしたものか?
クモの糸は、クモの体内で作られるフィブロインというタンパク質を含む分泌液からできている。
それが体内から引き出されるときに力が加わり、タンパク質が変化した結果、固まって不溶性の糸となる。
用途は巣を張るだけでなく、獲物の捕獲、交尾、産卵など多岐に渡る。
クモにとっては最高の狩り場であり、住みか。
エサとなるものにとっては、二度と戻れぬ無限地獄である。
その不利な状況下で、いかに戦うか?
エトワールが出した答えは、単純かつ明快であった。
エトワール
「イ・ヤ!
ですわ。」
ですわ。」
彼女はキッパリ言い切った。
エトワール
「おバカさんねぇ。
どうして、そんな面倒なことをしなくちゃいけませんの?
ワタクシ、これ以上あなたのお遊びにお付き合いするつもりはなくってよ。」
どうして、そんな面倒なことをしなくちゃいけませんの?
ワタクシ、これ以上あなたのお遊びにお付き合いするつもりはなくってよ。」
女王
「な、なんと……!?」
エトワールたちにしてみれば、敵の思惑にわざわざ乗ってやる義理などない。
普段なら相手をしてやらなくもないかもしれないが、今は「早く帰って寝たい」という気持ちが最優先事項となっていた。
ヴァンパイアの女王に反論の余地を与えず、一斉射撃が開始された。
手加減する気など、みじんもない。
情け容赦ない攻撃で、手当たり次第に女王の像を破壊してゆく。
モミーとハマーが大きな布袋の中から巨大なバズーカ砲を取り出し、続けざまに発射する。
爆風で次々と卵が破裂し、ドロリとした液体が飛び散る。
神殿の天井・壁・床も、あっという間にはげ落ちてしまった。
貴重な古代文明の遺産をこの手で破壊していることを考えると心が痛んだが、
「ま、しかたないですわよね♥」 と古代の人々に深くお詫びした後、エトワールは再び破壊活動に戻った。
最後の仕上げとばかりにエトワールが腰布から薬品入りのビンを取り出し、放り投げる。
ビンが割れると、その周囲が炎に包まれる。
エトワールが調合した特製の火炎ビンだ。
炎はクモの糸を伝って見る見るうちに燃え広がり、女王グモの聖地は火の海と化した。
エトワール
「オーッホッホッホッホッホッホッ!
地獄に堕ちなさい!」
地獄に堕ちなさい!」
モミー
「お嬢さん。
そのセリフじゃあ、どっちが悪者かわかりやせんぜ。」
そのセリフじゃあ、どっちが悪者かわかりやせんぜ。」
……まったく、モミーのいうとおりである。
すさまじい破壊劇が幕を下ろしたときには、あたりにはクモの糸と卵の破片らしきもの、それに原形をとどめないほど粉砕された女王の像だけが残り、あとは見渡す限り灰の荒野となっていた。
結局、どれが本物の女王だったのか、永遠の謎となってしまった。
こうして、哀れなヴァンパイアの女王は反撃する間もなくこの世から消滅してしまったわけである。
エトワールは緊張の糸が解け、その場に座り込んだ。
そして、久しぶりの冒険を堪能した彼女は満足そうにうなずき、立ち上がった。
エトワール
「さぁ、暖かいベッドが待ってますわ。
早いとこ帰りましょ。」
早いとこ帰りましょ。」