探偵ギャル・
コミュニケーション
蒸し暑い夏の夜。
バイトを終えて自宅アパートに帰り、電気をつけると、幼馴染がコタツ机の上で輪切りにされていた。
――バイトから帰宅。今日もメシはユーバーイーツかなー。
そんな生産性のない呟きをSNSに投稿しようと考えていた脳がショートして、スマホが手から滑り落ちて床を転がる。
スマホも拾わずに、俺はコタツ机の上の幼馴染をまじまじと見つめた。
幼馴染みの名前は鮎見風町《あゆみ かざまち》。
「大学デビュー」と言ってからかったばかりの茶色のロングヘアが童顔とミスマッチで、肌は陸上部らしく健康的な小麦色。
苗字の「アユミ」と呼ばれると「苗字の方が名前っぽいから」と言って嫌がる、どこにでもいるような女の子。
そんな彼女が、切り分けられたステーキのように輪切りとなった姿で、安物のコタツ机の上に仰向けとなって眠っている。
最初は作り物かと思った。
何かのドッキリだろうと考えながら、コタツ机へと近づいた。
それから、風町らしき物体の一部へと触れた。
「冷たっ……」
思わず声が出るほどの冷たさだ。
手に伝わったその冷たさで、フワフワと霞がかかっていた頭の中が冴えていく。
――作り物? そんなワケがない。
だって、身に着けている服も、切れ長の目も、小麦色の肌も、よく見知っている。
小学生の頃からの付き合いの俺が見間違えるワケもなかった。
この輪切りにされている女の子は鮎見風町本人で、決して作り物なんかじゃないんだ――
「おえっ……ぇっ……」
腹からせり上がった胃の内容物を、全部フローリングされた床へと撒き散らした。
ビチビチと魚の跳ね回るみたいな気色悪い音がワンルームに響き、ゲロの酸っぱいニオイが鼻の奥を抜ける。
こんな時はどうすればいいんだ。
SNS――ツブヤイターで助けを求める? いやバカか。誰が助けてくれるんだよ。
「そ、そうだ……電話……警察に、電話……」
震える手で床のスマホを拾い上げ、110へと電話。
真っ白な頭で、現場の状況を可能な限り仔細に伝えた。
友達が殺されたこと。場所は自宅であること。犯人の目星などないこと。殺され方は輪切りであること。輪切りというのは、金太郎飴でも切ったみたいな状態であること。とにかく精いっぱい質問に答えた。
――落ち着いて。慌てなくていいから、冷静に。
そう何度も諭されたことだけは覚えている。
全てを話し終えてから間もなく、警察官たちが到着。
ろくに立ち上がることもできない俺は、警察官の一人に肩を借りる形で、パトカーまで運ばれていった。
まさか自分が、既に容疑者として扱われつつあることも知らずに。
バイトを終えて自宅アパートに帰り、電気をつけると、幼馴染がコタツ机の上で輪切りにされていた。
――バイトから帰宅。今日もメシはユーバーイーツかなー。
そんな生産性のない呟きをSNSに投稿しようと考えていた脳がショートして、スマホが手から滑り落ちて床を転がる。
スマホも拾わずに、俺はコタツ机の上の幼馴染をまじまじと見つめた。
幼馴染みの名前は鮎見風町《あゆみ かざまち》。
「大学デビュー」と言ってからかったばかりの茶色のロングヘアが童顔とミスマッチで、肌は陸上部らしく健康的な小麦色。
苗字の「アユミ」と呼ばれると「苗字の方が名前っぽいから」と言って嫌がる、どこにでもいるような女の子。
そんな彼女が、切り分けられたステーキのように輪切りとなった姿で、安物のコタツ机の上に仰向けとなって眠っている。
最初は作り物かと思った。
何かのドッキリだろうと考えながら、コタツ机へと近づいた。
それから、風町らしき物体の一部へと触れた。
「冷たっ……」
思わず声が出るほどの冷たさだ。
手に伝わったその冷たさで、フワフワと霞がかかっていた頭の中が冴えていく。
――作り物? そんなワケがない。
だって、身に着けている服も、切れ長の目も、小麦色の肌も、よく見知っている。
小学生の頃からの付き合いの俺が見間違えるワケもなかった。
この輪切りにされている女の子は鮎見風町本人で、決して作り物なんかじゃないんだ――
「おえっ……ぇっ……」
腹からせり上がった胃の内容物を、全部フローリングされた床へと撒き散らした。
ビチビチと魚の跳ね回るみたいな気色悪い音がワンルームに響き、ゲロの酸っぱいニオイが鼻の奥を抜ける。
こんな時はどうすればいいんだ。
SNS――ツブヤイターで助けを求める? いやバカか。誰が助けてくれるんだよ。
「そ、そうだ……電話……警察に、電話……」
震える手で床のスマホを拾い上げ、110へと電話。
真っ白な頭で、現場の状況を可能な限り仔細に伝えた。
友達が殺されたこと。場所は自宅であること。犯人の目星などないこと。殺され方は輪切りであること。輪切りというのは、金太郎飴でも切ったみたいな状態であること。とにかく精いっぱい質問に答えた。
――落ち着いて。慌てなくていいから、冷静に。
そう何度も諭されたことだけは覚えている。
全てを話し終えてから間もなく、警察官たちが到着。
ろくに立ち上がることもできない俺は、警察官の一人に肩を借りる形で、パトカーまで運ばれていった。
まさか自分が、既に容疑者として扱われつつあることも知らずに。
第1幕
『日常トルソ・マーダー』
仮眠をとらせてもらったあとに連れてこられたのは、四畳間半ほどの広さの取調室。刑事ドラマで観た通りの、デスク以外に何もない生活感皆無の部屋だった。
その中心に置かれたデスクへ座り、対面の警察官からの質問に淡々と答えていく。
「年齢ですか? 十九歳、今年で大学二年生です」
「出身は東海地方で、進学に合わせて上京してきました。大学はすぐ近所です」
「風町……あ、いえ、亡くなった鮎見さんとは同郷で、いわゆる幼馴染というヤツですね。彼女も偶然大学が近くということもあって、よく家に来てましたね」
「えっ、仲はよかったか、って? ええ……まぁ昔から、それなりに。天才肌の鮎見さんに振り回されてばかりでしたけど、いつも一緒に遊んでました」
風町が俺と近所の大学を選んだと知った時は驚いた。
ただ近所とは言っても、風町は国内でも屈指の名門女子大であるのに対して、俺は中堅どころの私立音大。
必死に勉強して何とか上京の口実を手に入れた身としては、昔から変わらない幼馴染との能力差に、複雑な気分を味わったこともよく覚えている。
「最後に会った日ですか? 一週間……正確には、六日前ですかね。僕はいらないって言ったんですが、わざわざ余った煮物を持ってきてくれたんですよ」
「え? 冷蔵庫? ああ、全然使ってませんでしたね、中身は空です。もらった煮物はすぐ食べちゃいましたし、最近はもっぱらユーバーイーツで」
「ええ、それです。スマホで頼むと自宅まで届けてくれるサービス。外出は控えないといけないし、バイトで疲れてると食材を買いに行くのも億劫ですから」
今は昨今の騒動の影響で、大学の授業もほとんどPCを用いたリモートでの実施だ。
音大で実技の授業が受けられないのは苦しいので、来期は休学することを決めた。
そのため、最近はもっぱら生活費と学費を稼ぐためにバイト漬けの毎日を過ごしている。そのストレス発散で、ユーバーイーツを使ってしまっているのだから、世話ないが……。
「はい、それからは風町と特に連絡はとっていませんでした。え? いや……別に意味なんてありませんよ。バイトで忙しかったからじゃ理由になりませんか?」
「喧嘩? そんなのしてませんよ。付き合っていたのか、って……どうしてそこまで話さないといけないんですか? ちょっとおかしくありません?」
あまりに細かく、不躾な質問が続き、思わず問い返してしまった。
根掘り葉掘り、まるで尋問でも受けているみたいだ。
(え……? まさか、この状況って……)
そこで気付く。
今までの問いが、明らかに第一発見者への事情聴取という枠組みを超えていることに。
自分を見つめる警察官の瞳に、僅かながら不信の色が滲んでいる事実に。
冷静に考えてみれば、ヒト一人を運び込んで輪切りにするなんて大それた計画、実行できるヤツなんて限られている。
部屋の主である俺が疑われるのは当然のことじゃないか。
「風町は六日前から、行方が分からなくなっていた……!?」
デスクの向かいの警察官の話は続く。
暑い。デスクの上の間接照明が急に暑く感じられ、汗が浮き始める。
「え? 凶器が部屋の中から出てきた!? 僕の!? いや違いますよ、何を言ってるんですか!」
新たに語られた俺に不利な情報。
何も考えずに通報をしてしまったけれど、犯人は明らかに俺を犯人に仕立てあげる気満々だ。
このままだと、本当に風町を殺したことにされてしまう。
「僕が……俺がどうして幼馴染のアイツを殺したって言うんだよ!? ふざけないでくれよ!!」
灰暗い取調室に自分の怒声が反響する。
やってしまった……と思ったものの、デスクの向かいの警察官は動じる様子もない。
依然何ら変わらず、俺へ冷めたような、見下すような、無機質な目を向けるばかりだ。
彼にとって、いや警察官にとって、こうして疑うことも、感情をぶつけられることも慣れっこなのだろう。
たった一度のやり取りで、自分が何を言っても、どれだけ本気でぶつかっても通じないことがイヤほど察せられた。
(……チクショウ。ふざけんな、ふざけんなよ……俺はやってない、やるワケないだろ)
ぶつけようのない怒りが胸の奥でフツフツと沸き上がる。
どうして幼馴染みを殺された上に、犯人扱いまでされないといけないんだ。
(このまま疑われたままで終わってたまるか……終わってたまるかよ!)
事情聴取という名の取り調べは数時間に及んだ。
何かと理由をつけて帰宅を拒否されたものの、バイトを理由にして帰宅の許可をもらうことに成功。
警察署から出てきた時にはすっかり日が高く、目を焼かんばかりのまぶしさに軽い呻いてしまった。
冷や汗と脂汗が混じったシャツが気持ち悪い。
連日のバイトなどよりもずっと疲れた気がする。
まずはどこかで休みたいところだけど、そうも言ってられない。
そもそも警察の現場検証は途中で、自宅アパートに帰って休むこともできない。
どこへ続くかも知らない道路沿いの並木道を歩きながら、俺は力なく項垂れる。
「休んでいる間に警察が逮捕令状を持ってきたらマズいよな……今のうちに少しでも、俺が犯人じゃない証拠を探さないと」
でも自分は素人だ。
事件の捜査なんてできるワケもない。
何か捜査に詳しい、『探偵』でも雇えればいいのだけれど
「やっほー、お兄さん♪ 顔色が悪いけど大丈夫?」
おもむろに軽い調子で話しかけられ、顔を上げる。
すると目の前に、髪の色が薄く、睫毛が花びらみたいに濃い、派手な容姿の少女が立っていた。
一言で表すなら『今どきのギャル』。
そんな軽そうな印象の少女は、俺が目を白黒させるのを見てか、ケラケラと笑った。
「何キョドってるワケぇ? お兄さん、もしかして女の子苦手なタイプ? ピュアピュアピュアボーイ?」
「別に、そんなんじゃない。悪いけど放っておいてくれ、キミと話してる暇なんてないんだよ」
妙に馴れ馴れしい少女を無視して立ち去ろうとした。
ところが、思わぬ言葉に足が止まる。
「キミ、飛戸朝人《ひどあさと》くんでしょ? デバイスに届いた情報通りの見た目だし、明らかに様子が普通じゃないもんねぇ~」
「えっ……何で、俺の名前を」
振り返った俺を見て、少女は睫毛の長いまぶたを片方パチンと閉じてウインクする。
それから俺の手をとってズイズイと歩き始めた。
「詳しい話はあとあと♪ ひとまず、駅前のタクシー捕まえるよ」
「ど、どうしてタクシーに!? 俺をどこへ連れて行く気だよ!? それに、キミは一体」
「はいはーい、質問はひとつずつね。ガッつく男は嫌われるよ~?」
少女が俺の鼻先を指で弾き、その弾いた指でそのままこっそりと、後ろを指差した。
「今後ろからね、私服警官が追ってきてんの。逮捕令状が出次第、連れ戻す気満々だねぇ」
「私服警官!? どうしてキミがそんなこと!? 本当に何者なんだよ!?」
「ハァ……質問はひとつずつって言ってんじゃん。まぁ幼馴染を殺されりゃテンパってワケ分かんなくなるのも分かるけどさ」
少女が深い溜め息をついた。
風町が殺されたことも、俺がその幼馴染だということも分かっているのか。
やはり、目の前の少女は只者じゃない。
何者なんだろう。
「ごめん……まずは、キミの名前を教えてくれないか?」
「ふふ、やーっとちょっとは落ち着いたみたいだね。いいよ、教えたげる」
少女が懐から黒いスマホを取り出した。
そのスマホの画面上には、奇妙なシンボルと、シンボルの中心に文字が表示されている。
そこに書かれていたのは――『探偵同盟』の四文字。
「ウチは『渋谷探偵《しぶやたんてい》』。探偵同盟に所属する、超ぉ~優秀な探偵だよ♪」
その中心に置かれたデスクへ座り、対面の警察官からの質問に淡々と答えていく。
「年齢ですか? 十九歳、今年で大学二年生です」
「出身は東海地方で、進学に合わせて上京してきました。大学はすぐ近所です」
「風町……あ、いえ、亡くなった鮎見さんとは同郷で、いわゆる幼馴染というヤツですね。彼女も偶然大学が近くということもあって、よく家に来てましたね」
「えっ、仲はよかったか、って? ええ……まぁ昔から、それなりに。天才肌の鮎見さんに振り回されてばかりでしたけど、いつも一緒に遊んでました」
風町が俺と近所の大学を選んだと知った時は驚いた。
ただ近所とは言っても、風町は国内でも屈指の名門女子大であるのに対して、俺は中堅どころの私立音大。
必死に勉強して何とか上京の口実を手に入れた身としては、昔から変わらない幼馴染との能力差に、複雑な気分を味わったこともよく覚えている。
「最後に会った日ですか? 一週間……正確には、六日前ですかね。僕はいらないって言ったんですが、わざわざ余った煮物を持ってきてくれたんですよ」
「え? 冷蔵庫? ああ、全然使ってませんでしたね、中身は空です。もらった煮物はすぐ食べちゃいましたし、最近はもっぱらユーバーイーツで」
「ええ、それです。スマホで頼むと自宅まで届けてくれるサービス。外出は控えないといけないし、バイトで疲れてると食材を買いに行くのも億劫ですから」
今は昨今の騒動の影響で、大学の授業もほとんどPCを用いたリモートでの実施だ。
音大で実技の授業が受けられないのは苦しいので、来期は休学することを決めた。
そのため、最近はもっぱら生活費と学費を稼ぐためにバイト漬けの毎日を過ごしている。そのストレス発散で、ユーバーイーツを使ってしまっているのだから、世話ないが……。
「はい、それからは風町と特に連絡はとっていませんでした。え? いや……別に意味なんてありませんよ。バイトで忙しかったからじゃ理由になりませんか?」
「喧嘩? そんなのしてませんよ。付き合っていたのか、って……どうしてそこまで話さないといけないんですか? ちょっとおかしくありません?」
あまりに細かく、不躾な質問が続き、思わず問い返してしまった。
根掘り葉掘り、まるで尋問でも受けているみたいだ。
(え……? まさか、この状況って……)
そこで気付く。
今までの問いが、明らかに第一発見者への事情聴取という枠組みを超えていることに。
自分を見つめる警察官の瞳に、僅かながら不信の色が滲んでいる事実に。
冷静に考えてみれば、ヒト一人を運び込んで輪切りにするなんて大それた計画、実行できるヤツなんて限られている。
部屋の主である俺が疑われるのは当然のことじゃないか。
「風町は六日前から、行方が分からなくなっていた……!?」
デスクの向かいの警察官の話は続く。
暑い。デスクの上の間接照明が急に暑く感じられ、汗が浮き始める。
「え? 凶器が部屋の中から出てきた!? 僕の!? いや違いますよ、何を言ってるんですか!」
新たに語られた俺に不利な情報。
何も考えずに通報をしてしまったけれど、犯人は明らかに俺を犯人に仕立てあげる気満々だ。
このままだと、本当に風町を殺したことにされてしまう。
「僕が……俺がどうして幼馴染のアイツを殺したって言うんだよ!? ふざけないでくれよ!!」
灰暗い取調室に自分の怒声が反響する。
やってしまった……と思ったものの、デスクの向かいの警察官は動じる様子もない。
依然何ら変わらず、俺へ冷めたような、見下すような、無機質な目を向けるばかりだ。
彼にとって、いや警察官にとって、こうして疑うことも、感情をぶつけられることも慣れっこなのだろう。
たった一度のやり取りで、自分が何を言っても、どれだけ本気でぶつかっても通じないことがイヤほど察せられた。
(……チクショウ。ふざけんな、ふざけんなよ……俺はやってない、やるワケないだろ)
ぶつけようのない怒りが胸の奥でフツフツと沸き上がる。
どうして幼馴染みを殺された上に、犯人扱いまでされないといけないんだ。
(このまま疑われたままで終わってたまるか……終わってたまるかよ!)
事情聴取という名の取り調べは数時間に及んだ。
何かと理由をつけて帰宅を拒否されたものの、バイトを理由にして帰宅の許可をもらうことに成功。
警察署から出てきた時にはすっかり日が高く、目を焼かんばかりのまぶしさに軽い呻いてしまった。
冷や汗と脂汗が混じったシャツが気持ち悪い。
連日のバイトなどよりもずっと疲れた気がする。
まずはどこかで休みたいところだけど、そうも言ってられない。
そもそも警察の現場検証は途中で、自宅アパートに帰って休むこともできない。
どこへ続くかも知らない道路沿いの並木道を歩きながら、俺は力なく項垂れる。
「休んでいる間に警察が逮捕令状を持ってきたらマズいよな……今のうちに少しでも、俺が犯人じゃない証拠を探さないと」
でも自分は素人だ。
事件の捜査なんてできるワケもない。
何か捜査に詳しい、『探偵』でも雇えればいいのだけれど
「やっほー、お兄さん♪ 顔色が悪いけど大丈夫?」
おもむろに軽い調子で話しかけられ、顔を上げる。
すると目の前に、髪の色が薄く、睫毛が花びらみたいに濃い、派手な容姿の少女が立っていた。
一言で表すなら『今どきのギャル』。
そんな軽そうな印象の少女は、俺が目を白黒させるのを見てか、ケラケラと笑った。
「何キョドってるワケぇ? お兄さん、もしかして女の子苦手なタイプ? ピュアピュアピュアボーイ?」
「別に、そんなんじゃない。悪いけど放っておいてくれ、キミと話してる暇なんてないんだよ」
妙に馴れ馴れしい少女を無視して立ち去ろうとした。
ところが、思わぬ言葉に足が止まる。
「キミ、飛戸朝人《ひどあさと》くんでしょ? デバイスに届いた情報通りの見た目だし、明らかに様子が普通じゃないもんねぇ~」
「えっ……何で、俺の名前を」
振り返った俺を見て、少女は睫毛の長いまぶたを片方パチンと閉じてウインクする。
それから俺の手をとってズイズイと歩き始めた。
「詳しい話はあとあと♪ ひとまず、駅前のタクシー捕まえるよ」
「ど、どうしてタクシーに!? 俺をどこへ連れて行く気だよ!? それに、キミは一体」
「はいはーい、質問はひとつずつね。ガッつく男は嫌われるよ~?」
少女が俺の鼻先を指で弾き、その弾いた指でそのままこっそりと、後ろを指差した。
「今後ろからね、私服警官が追ってきてんの。逮捕令状が出次第、連れ戻す気満々だねぇ」
「私服警官!? どうしてキミがそんなこと!? 本当に何者なんだよ!?」
「ハァ……質問はひとつずつって言ってんじゃん。まぁ幼馴染を殺されりゃテンパってワケ分かんなくなるのも分かるけどさ」
少女が深い溜め息をついた。
風町が殺されたことも、俺がその幼馴染だということも分かっているのか。
やはり、目の前の少女は只者じゃない。
何者なんだろう。
「ごめん……まずは、キミの名前を教えてくれないか?」
「ふふ、やーっとちょっとは落ち着いたみたいだね。いいよ、教えたげる」
少女が懐から黒いスマホを取り出した。
そのスマホの画面上には、奇妙なシンボルと、シンボルの中心に文字が表示されている。
そこに書かれていたのは――『探偵同盟』の四文字。
「ウチは『渋谷探偵《しぶやたんてい》』。探偵同盟に所属する、超ぉ~優秀な探偵だよ♪」
――第1幕、完