あたしは占いが好きなんです。もともとは陰陽師とかあの辺に興味を持ったのがきっかけで……厨二くさいと言われてしまえば別に反論はしません。一応理由はあるんですけどね。で、きっかけからいろいろと自分の中で発展展開していって、星占いを主に勉強するようになりました。性格診断とか相性診断とか、ああいうやつです。
きっと大抵のひとは星占いなんてちょっとバカにして見るんだと思います。何十億といる人類を、たった十二種類の性格に分類できるだなんて、しかもそれが誕生日なんていうものに左右されるだなんて、そんなことあるわけがないって。
まぁ、気持ちはわかります。でも実際、そんな単純な話じゃあないんです。本当はすごく細かくって、すごく難しくって、すごく“科学”的な“学問”なんです。それをとーってもとーっても単純にしたのが、十二星座の星占い。ってとこですかね。
だから案外、頭っからバカにできたものでもないんですよ。少なくともあたしは、当たることだってあると思ってます。それを実感、してます。あるときから、とっても。
夜。真夜中まではいかない、もう寝ようかどうしようかって話が出るような時間帯。あたしはちょっとみんなの輪を抜け出して(もちろん断りは入れますよ)、ひとりになることが多いんです。あたしたちは全員仲良しですけど、半分くらいは結構ひとりが好きなタイプだったりもするんですよね。で、もう半分のひとたちも仲良しであるがゆえにそれを理解してくれるので。少しくらいの単独行動は好きにさせてもらえます。あんまり長時間席を外すと心配されますけどね。
あたしの場合、たまにロビーでぼんやりすることもありますけど、大抵は星が見える場所に行きます。今日はどうしようか少し悩んで、デッキへ出ました。船のデッキ。ここ、あたしたち六人が泊まってる、クルーズ船ですから。
「……あれ」
さてしかし。ひとりになるって言っても、まぁまぁの確率でふたりになっちゃうことがあります。それもだいたい同じ顔です。気が合うって言うんですかね、こういうのも?
「夜涼み中ですか、ナッキー」
「お、
ニックネーム・ナッキーこと
「お隣、お邪魔しても?」
あたしは手すりにもたれているナッキーの斜め後ろまで近寄って、一応尋ねます。あたしたちお互いに、ひとりになりたいときは普通にひとりになりたい性格です。だから別に断られたって気にしません。
「もちろんだとも。阿閉は星を見に来たんだろう? そんな重要な趣味を邪魔するわけにはいかないからな」
ナッキーは笑って、自分のすぐ横の手すりをたしたしと叩きました。……断られたって気にしない、ですけど。断られなかったことを嬉しく思っている自分も、またいます。
「趣味を尊重していただけて嬉しゅうございますよ。ナッキーは? 別に星を見ていたわけではないんでしょう?」
あたしはナッキーのすぐ隣に立って、星を見上げる前に彼女の横顔を見ました。頬杖をついて、遠く海を見ている彼女を。それで……長い髪の向こう側にある鼻筋が綺麗だなと思いました。ただ整ってるとか顔がいいとかそんな話じゃなくて、世界を見てるナッキーの、少し独特な色の眼差しを縁取る風合いと言いますか、それがうつくしいなと思いました。
「そうだな。私はどちらかというと海を見てた。やはり私は自分で思っていたより、海が
見れて喜んでいるらしい。飽きないよ」
「海、行ったことなかったんでしたっけね」
「ああ。なんというか、海ってのは案外みんな当たり前に行ってるものなのかな」
「どうでしょう。あたしは海沿い育ちなんで、逆にそれ以外の“当たり前”はわかりかねますが……まぁ、それなりにいるんじゃないですか。ナッキーみたいなひとも」
「ふむ。それならよかった」
ナッキーの物言いに少しだけ引っかかることがあって、あたしはちょっとつついてみることにしました。
「そこで、よかった、って思うんですね、ナッキーは」
あたしがそう言うと、ちょっと不思議そうな顔でナッキーがこっちを向きました。意外と、こういう素朴にきょとんとした顔するんですよね、このひと。
「どういうことだ?」
「いや、まぁ」あたしはそこで、自分の目線をナッキーじゃなくて海に合わせました。「星座占いの話ですよ」
「ほう」するとナッキーの声が、面白がるようにぽんと微かに弾みました。「くわしく」
「そこで素直に興味持つのが、なんといいますか……らしくないからこそ、らしいと言いますか……」
「なんだなんだ、わかりにくいことを言って。そういうわかりにくいことを言って煙に巻くキャラは私が担当したい。譲ってくれ」
「ふ、ふふふ、なに言ってるんですか、もう。ダメですよ、あたしも占いキャラとしてそういう要素は大事なんで」
夜だからか、海が静かだからか。お互いに自然と抑えてしまう声量で、あたしたちは内緒話のように笑い合いました。あ、今ちょっと珍しい瞬間だなって、笑いながら自分で思いました。ふたりとも、そんなに笑うほうじゃないですからね。
「ま、話が逸れましたね。えーっと……そうそう」
あたしは自分の頬をひと擦りしてから、話を戻します。
「さっき、ナッキーは『海に行ったことがない人間もそれなりにいるんじゃないか』って話に、『よかった』って反応したでしょう?」
「ああ、した」
「ナッキーって、みずがめ座ですよね。みずがめ座は基本的に、個性的であることを重視しやすいんですよ」
「ああ、わかる。たしかにちょっと変わった人間のほうが興味ある」
「それは自分自身に対しても同じなんです。ちょっと意地悪い言い方をすると……“変わった自分でありたがる”ですかね。だから周りから、変わり者扱いされると内心喜んだりしますし、普通だねって言われるのを嫌がったりします」
「ふーむ。それはあんまりピンとこないな、私は」
「もちろん、あくまで傾向ですから。ぴったり当てはまらなくっていいんですが……とにかくそういう傾向があるので、あ、ナッキーはそうじゃないんだな、と。そう思ったって話です」一通り話して、あたしはちょっと苦笑しました。「話してみると、それだけのことかって感じですね」
「いや、でも面白いぞ」
ナッキーは思いのほか食いつく様子で、身体を反転させて手すりに背中を預けました。あたしの立ち位置的に、向き合う格好になるわけではないですが……それでも意識を海からお前に向けるぞと、そう言われているような気がして、少しむず痒い気持ちになります。
「これがたとえば、こっちの性格を決めつけてくるような話なら不快に思うだろう。でも阿閉の話は、いつだってそうじゃないからな。こういう傾向がある、と言語化されてみると、なるほど、と自分自身について考えるきっかけになる。面白い」
「……ナッキーは、考えるのが好きなんですね」
このひとのことが、そんなにわかるわけじゃないです。もしかしたらこんなふうに言ってくれるのは、ただのリップサービスかもしれないです。でも……でもたぶん、思ってもいないことを愛想や誤魔化しで口にしてるわけではないって。ちゃんと他人に対して真面目に向き合って考えるひとなんだって。それだけはなんとなく、わかる気がして。……それが、そういうところが、あたしは嬉しいんでしょうね。
「考えることか、うむ。そうだな、好きだ。なにか気になることがあればスルーするよりは考えてみたほうが面白いからな。だからこんなふうに、考えるキッカケになるような話をいろいろしてくれる阿閉のことも、好きだぞ」
「す……」
何気なく笑うナッキーの、何気なく発する言葉を、あたしは何気なく受け流すことができなくて。なんだか悔しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちで、咳払いで誤魔化す陳腐な真似しかできなかったりしてね。あーあ、ですよ。ほんと。
「……」
言葉に詰まるあたしを、ナッキーがじっと見てることに気づきました。あーやだやだ、だから動揺なんてしたくないんですよ、勘弁してくださいよ。
「な、なんです?」
「いや、どうかしたのかと思って。すまん、私がまた変なことを言ったかな」
ナッキーの眉毛が、少ししょげたみたいに下がりました。
「変なことなんて言ってないですよ、大丈夫ですよ」
こっちの罪悪感を擽るような顔をされたもんで、とりあえずそういうフォローをします。ナッキーはほっとした様子で、普段のクールな顔に戻ります。
「そうか、ならいいんだが」
このひとがもっとシンプルに鈍感で無神経だったら、あたしだってもっと冷めた気持ちにもなれるんでしょうに。こんなふうにこっちのなにかにすぐ気づく程度には、ちゃんとあたしのことを見てくれるもんですから。まったく、って感じになるわけですよ。まったくね。
「そういえば、阿閉。星はちゃんと見てるか?」
思い出したようにナッキーが空を指差しました。あたしは、ああ、と相槌を打って、指先に連れて行かれるように見上げました。今夜、初めての星空を。
「まだ、見てませんでした」
星は妙に遠く高くて、でも鮮明にきらきらしてました。
この船で見る星は、ずっとこんなふうです。
星が見えなかった夜はありません。
……そういえば天気が悪い日は、今まで一度もありません。風が吹き荒れて海が荒れるような日も。
それからしばらく、ふたりで星空を眺めて過ごしました。お互い星に集中して、ちょっと言葉少なでしたかね。
「そうだ」
あたしがいろんな星座を探して視線で星と星を結ぶ遊びをしてる最中に、ナッキーがもたれていた手すりから身体を起こす気配がしました。
「どうしたんですか」
「私のそもそもの目的を思い出した。阿閉も付き合うか?」
そう言って、ナッキーは手招きしながら歩き出します。聞いといて有無を言わさないこの感じ……と言いたいとこですけど、これ多分、付き合わなくても普通に気にしないんでしょうねぇ、きっと。そこがちょっとシャクなところでもあるわけですが。
「付き合いますよ。なんです?」
ナッキーを早足で追いかけると、彼女はプールの傍へ行きました。デッキにあるプールです。本当なら優雅なバカンスって感じで楽しめる設備なんでしょうけど、現状、水はごく浅く張ってあるだけです。なにをやってるかというと、豆苗を育ててます。キッチン菜園的なノリの、プール菜園ってとこですかね。
普通ならクルーズ船でそんなことしたら怒られるはずなんですけどね。なんせ今はこの船、あたしたち六人きりしかいないみたいなんで。そしてこんな豆苗栽培すら、結構切実で重要な状況だったりもするもんで。
「うーむ、暗くてよく見えんな」
プールサイドに着いたナッキーは、腰に手を当てて呟きました。
「夜ですからね。スマホのライト使いますか」
あたしたちはふたり揃ってスマホを出して、懐中電灯機能をオンにします。どこにも繋がらなくて、ゲームも入ってなくて、明かりとカメラとメモ帳くらいにしかならないスマホ。それでも意外と便利なんですから、文明技術っていうのはすごいもんです。
「おお、普通にしてるな、豆苗たち」
プールの底の一画に、わさわさと伸びてる豆苗。昼間見るのと、別段様子は変わりません。
「そりゃあそうでしょう。……あ、いえ。でも昼と夜で様子が変わる植物もありますかね。もしかしてそれが確かめたかったんです?」
「そう! そうだ。さすが阿閉、話が早いな」
ナッキーはぱっと嬉しそうに笑って、その場にしゃがみ込みました。少しでも豆苗を近くに見ようと身体を乗り出してるんで、プールに落っこちないようにそれとなく服の背中を掴んでおきます。
「植物の夜の顔ってのも、意外と見る機会がないなと思ってな。せっかく自分たちで育てているんだしと……しかしこの、様子が変わらないっていうのも確信はできないよな。明かりで照らしてるし、もしかしたら人間が見に来た気配を察知して様子を変えてるかもしれん」
冗談だか本気だかわかない調子ですけど、とにかく楽しそうなのは確かです。
「まぁ……そうですね。なにかを観察してみたところで、そこに“観察してる自分がいる”以上、まったくそうでない状況のことはわからないわけですし」
「うむうむ。そうだろう。もどかしいよな。まぁそのもどかしさ自体が面白くもある。いやぁ、嬉しいな。こんな話が注釈もなしでスッとできるんだからな。……よし!」
ナッキーは急に立ち上がり、ぱぱぱっと勢いよく靴と靴下を脱ぎ始めました。
「え、ちょ、ナッキー、なにしてるんです?」
「テンション上がってきた。ついでに明日の朝食の分の豆苗を収穫しておこう!」
素足のぺたぺたした足音を弾ませて、ナッキーがプールに降りていきます。……このひと、たまに子どもみたいなハシャギかたするんですよね。
「阿閉も手伝え! そのほうが楽しい!」
そんなプールの底からの呼びかけを待つまでもなく、あたしも裸足になる気でいました。スカートもちょっとたくし上げて結んで、ナッキーの待ってるプールに降ります。なんだか夜の学校にふたりで忍び込むみたいな、不思議な背徳感と高揚感がありました。ハシゴが足の裏に食い込むじんわりした痛さとくすぐったさが妙に生々しくて、ああ、これって普通なら、しっかり思い出としてあたしのなかに残るんだろうなって、なんとなく思いました。残る……はずですよね、普通なら。
今は……なにもかもが普通ではないのが、気がかりですけど。
夜のプールの底で、ふたり豆苗摘みをします。しゃがんでしまうとお尻が水につくのでずっと中腰です。きついです。
「ぬぬ……これ、いつも金刺はもうちょっと平気そうにやってるよな。コツがあるのか?」
背中をそらして腰を叩きながら、ナッキーが呻いてます。
「そう、ですね……うぅ、イタタ……」
あたしもプールの壁にもたれて悶えつつ休憩を入れます。
「まぁしかし、悪くないツラミではあるな。船の生活も悪くないんだが、やはりどうにも刺激が足りない。こういうのはいいスパイスだ」
「ポジティブですねぇ、ナッキー。ところで、収穫した豆苗はどうします? そのままだと、朝までに萎れちゃいませんかね」
「一応、塩で揉んで置いておこうと思ってるんだ。浅漬みたいにならんかなと」
「ああ、なるほど。じゃあもうこのくらいにしておきます? あんまり採りすぎても、漬けておく入れ物に困りそうですし」
あたしの提案にナッキーも同意して、ふたりでプールを出ました。プールサイドに置いていた収穫済みの豆苗をあたしのスカートに載せます。
「ナッキー、もう寝ます?」
「いや、私はまだここにいるかな。ちょっとテンション上がってしまったからな。クールダウンしないと眠れそうにない」
水に濡れた素足を地面に放り出して座り込むナッキーを見届けて、あたしだけ立ち上がります。
「じゃ、これ、あたしがキッチンで仕込んできますよ。ちょっと取って来たいものもあるんで……少し待っててくださいね」
「ああ、わかった。ありがとう」
ひとりでキッチンに戻り、豆苗を洗って、ボウルに入れて塩もみして。そういう一連のことを終わらせて、あたしは一息つきました。
辺りは静かで、誰の気配もしません。ほかのみんなは寝室でのんびりしてるんでしょうね。既にぽてっと寝落ちてそうな顔も浮かんできますが。
そうやって、みんなのことを思い浮かべるついでに……少しだけ、考えます。この広くて大きな船に、あたしたち六人しかいない現状のこと。
あたしたち――みんな十代の未成年ばっかりで。それがクルーズ一隻貸し切り状態で旅行なんて、明らかにおかしいんですよね。そのクルーズ船が故障で停まっちゃったことも、救助を待って半月にはなることも。自販機みたいなキカイから出てくる調理済みのごはんを食べつつ、自給自足にまで片足突っ込みかけてることも。そしてそれをおかしいねーって言いながら、現状全部ゆるっとまるっとみんなで受け入れちゃってることも。
なにもかも変なのに、変を変だって本気で思うことだけは、できないでいるあたしたち。
あたし自身も例外じゃないから、このおかしな状況をちっとも怖がってないんです。ふわふわした現状をふわふわ受け入れて、楽しく生活できちゃってるんです。
でも、ただ……ただひとつだけ。ほんの少し、不安に思うことがあります。
「あたし、この毎日を……忘れちゃったり、しないですよね?」
あんまりにも、足元がふわふわしてるもんですから。みんなとの楽しい毎日の、……ついさっき見たばかりのナッキーの楽しそうな姿の、はしゃいだ声の。そんな大切な記憶たちが、もしかしてぱっと夢みたいに消えちゃうんじゃないかって、思ってしまうんですよ。なんででしょうね、わからないですけどね。思ってしまうんです。
なんていうか、嫌な性分ですよね。
ところでふたご座って、好奇心旺盛で軽くてチャラついてそうに見えて、結構ダウナーな一面もあったりもするんですよ。なんたって
で、あたしこと阿閉春海は、ばっちりしっかり、ふたご座なんですよね。
「お待たせしましたー……って、もしかして寝てます?」
キッチンからデッキへ戻ると、ナッキーが大の字になって寝っ転がってました。眠ってるのかと顔を覗き込んでみると、瞳と瞳正面同士、もろに目が合いました。
「ちょ……起きてるなら返事してくださいよ」
あたしは思わずたじろいで、一歩後ろに下がります。
「すまん」
ナッキーは起き上がりましたが、両手を地面についたまま首をかくんと後ろに垂れて、また空を仰ぎます。
「こうして寝転がって見上げる空は、普通に立って見上げる空とは随分違って見えるものだな。完全に意識が持っていかれてしまって、返事をしようにも身体が動かなかった」
「ああ……まぁ、ありますよね。そういうこと」
あらためて傍に寄って、あたしもナッキーの隣にしゃがみました。ナッキーはまだ裸足のままでした。
「星空っていうのは不思議だな。吸い込まれるようなパワーがある。阿閉はこういう風景を子どもの頃からいつも眺めて過ごしていたんだなぁ、と思いながら見ていた」
「そ……そうですか……」
あたしのことを考えられてたって事実に、かっと顔がのぼせる感覚があります。今が夜でよかったです。きっと顔色まではわかんないでしょうから。
「さて、お疲れ、阿閉。塩漬けの仕込みは無事済んだか?」
ナッキーが頭を起こすのに合わせて、あたしも地面にお尻をつけて座ります。
「はい。無事おいしいものになってるかどうかは、明日の朝のお楽しみですけどね」
「で……持って来たいものっていうのは?」
「はいはい。これです」
持ってきたもの、つまりは小さいタッパー型の保存容器を膝の上に載せます。ナッキーはあぐらに座り直して、興味深そうに身を乗り出してきます。
「って、変わったものじゃないですよ。ただの残り物ですから」
変に期待を煽らないよう、さっさとフタを開けて中身を見せます。がっかりされても嫌ですからね。
「お、べっこう飴じゃないか」
中身はあたしが砂糖と水で作ったべっこう飴。平たくして固めて、大雑把に割っただけのシロモノです。
「作ってからちょっと時間が経っちゃってるんですよね。あんまり置いとくと、ぺったぺたになってきちゃうんで。食べちゃいましょう。肉体労働の後ですし、糖分補給してもセーフですよ、セーフ」
「うむ。なんたって我ら育ち盛りの十代でもあるしな。セーフだ」
ナッキーはふふっと笑って、容器の中から飴をひとつ摘み取って――
「ほれ、阿閉。あーん」
「はぇ……!?」
あたしの目の前に、すっと差し出してきました。
「な、なんですか、あーんて。自分で食べますよ食べられますよ!」
「そうは言っても両手が塞がってるじゃないか、今」
「塞がってるって、容器とフタ持ってるだけで、こんなのフタを容器の底に重ねちゃえばすぐ」「まぁまぁ、そう言うな」
悔しいことに慌ててしまうあたしに対して、ナッキーはスンとしたポーカーフェイスでぐいぐい飴を口元に近づけてきます。こ、この……こいつ!
「あ、もしかしてアレか。ひとが素手で触った食べ物はちょっと……みたいなやつか。それだったらすまん、悪かった。これは私が自分で食べ――」「そ、そうではないですけど!」
申し訳無さそうに手を引っ込めようとするナッキーを、あたしは言葉で引き止めました。引き止めて、しまいました。
「そうか? なら遠慮してるだけか、遠慮はいらん。ほら、あーん」
「うぅ……わかりましたよ」
いまさら断る理由なんて、自分の中から引っ張り出せるわけもなし。
観念して、あたしは口を開けました。
「よしよし。……むっ。むっ」
ナッキーは妙に嬉しそうにして、飴をあたしの口の中に放り込もうとしますけど……飴がぺたついてしまっているせいで、指から離れてくれません。あたしは餌を待つ雛鳥みたいに口を開けっ放しにして待ってる羽目になります。
「ひょ、ひょっと……なっきー……」
「むぅ。取れん。阿閉、ちょっと自分から迎えに来てくれ。飴を」
「も、もー……」
いつまで経っても口の中に落ちてきてくれないべっこう飴。あたしも仕方なく、飴部分だけを上手く咥えようとして。
「――、ッ」
飴を摘んでるナッキーの指先が、あたしの唇に、少しだけ触れました。
「……」
ようやく口の中に入った飴が、閉じた腔内で歯に当たって、かこん、ときれいな音を響かせて。砂糖の強い甘みが、舌から一気に染み込んで広がって。
「……旨いか?」
そしてちょっとだけはにかんだような笑顔のナッキーが、目の前にいる。
「……はい。おいしいですよ。あたしが作った飴ですし」
かこかこと飴をほっぺたのほうへ一時退避させて、あたしは言葉で答えます。少し遅れて自分の意識が状況を認識していきます。
「それもそうだな」
そう、ナッキーの、はにかんだような笑顔。
そうか、このひともそんなふうに――今のあの一瞬に対して、そんなふうに感じるんだ。
よく見るとナッキーは飴を摘んでいた指先を、持て余すように遊ばせていました。拭き取ることも舐め取ることもできない感じで、変な表現ですけど、指先がどきどきしてるように見えました。
「ほら。じゃあナッキーも食べてください」
なんだかんだで、あたしも甘いんですかねぇ。そんなナッキーを助けてあげたくなって、平気な顔して飴の入った容器をずいっと差し出しました。
もちろん、食べさせるなんてしませんよ?
「あ、ああ。もちろんだ。食べるぞ」
迷子になってたナッキーの指先に、ちゃんと次の行き先をあげるんですよ。
ナッキーはさっきと同じ指できらきら金色のべっこう飴をひとかけら新しく摘んで、さっと口に放り込んで……
「――うむ。うまい」
そう、幸せそうに笑いました。
あたしたちはそれからまだしばらく、飴のかけらを楽しみながら、星を見て過ごしました。
他愛のない、変に理屈っぽい話をお互いに投げて投げて投げ合って、いつまでも会話が終わらないんですよ。もういかにも、みずがめ座とふたご座って感じがしちゃいます。
ええ。そういう相性なんですよ。あたしたちって。
でもそのことはまだちょっとだけ……内緒にしてようかなって。
だって占いの相性ありきじゃ、“面白くない”ですからね。
ね、そうでしょう? なんでも面白がる、みずがめ座のあなた?