わたしって、なーんか身体が丈夫じゃないみたいなんですよねー。体力なくて疲れやすかったり、貧血? みたいになっちゃったり。うーん、弱い! って思うことが多い感じで。

 普通の暮らしならともかく、こんな生活じゃ、迷惑にしかならないはずなんだけど……でもほかのみんなから、迷惑そうな空気って感じたことないなぁ。

 ふふふ。すごいですよね、みんな。わたしって恵まれてるなぁ。幸せだなぁ。

 それで、特にね、特にわたしが頼りにしてるのが――……

「あっ、あきらーっ!」

 このときも、わたしはキッチン(という名の、野外調理場! でもそれが、わたしたちの“家”の、台所なんです!)で、思わず助けを求めて叫びました。

「どっ、どうした、かなこ!?」

 そうしたら広場のほうで作業をしていたはずのあきらが、すぐに飛んできてくれました。

「とっ、鶏肉がーっ! 油がパチパチはねてくるーっ」

「うわっと! も、もー! だから気をつけろって言っただろ! ほら、このフタ、フタ! これ盾にしてな!」

 火にかけた鉄板の上の鶏肉から思った以上に脂が溶け出て、熱い油ハネが起きちゃったんですよ。わ、わたしも一応、そんなに料理が下手なわけじゃないんですけど、つい慌てちゃって……あはは。

 あきらはそんなわたしを火の前から離しながら、竹で作ったお鍋用のフタを渡してくれて。自分は身を屈めつつ、鶏肉の位置を火の強い場所から動かしてくれました。

「ふー……こんなもんか」

「ご、ごめんねっ、大丈夫!?」

「ああ、へーきへーき。火傷もしてないし。かなここそ、大丈夫か? 火傷?」

 わたしはお鍋のフタの盾であきらのことも庇いつつ、ふたりで火と距離を取りました。

「大丈夫、なんともないよ。うー、でも本当にごめん……気をつけてたつもりなんだけど……」

「ああ、いや。わりぃ、不注意みたいに言っちゃってさ。これってしゃーねーんだよな、普通のコンロと違って焚き火の火だもんなぁ。とっさの火加減なんてできねーじゃん?」

 あきらはお肉の様子を注意深く見守りながら、そう言って笑います。あきらは心配性だから、とっさのときは少し言葉がキツくなることもあるけど……でもこうやって、すぐに優しくなるんです。言葉も表情も。それはあきらが本当に優しいことの証拠だねって、少なくともわたしは思ってます。でもそれをね、本人に言うとね、恥ずかしがるから! あんまり言わないようにしてるんですけど。ふふふ。

「こっちの隅っこなら、鉄板に直接火が当たってないし……そんなに激しく焼けねーと思うからさ。あとはそのフタで防御! で、イケると思うぜ」

「りょーかい、ありがとっ!」

「じゃ、アタシは仕込みの続きやってくっから。今日中に干したいしな、大根」

「っととと、待って待って!」

 自分の仕事に戻ろうとするあきらの服の袖を、わたしは慌てて掴んで引き止めました。

「うわっ!? な、なん、……なっ!?」「わ……っ!?」

 その勢いであきらがちょっとつんのめって、わたしたちの距離が、急にすごく近くなりました。あきらの顔が本当にすぐ目の前にあって、焦点が合わなくて視界がぼやけちゃって。たぶん向こうもそうだったんじゃないかな? お互い一瞬なにが起きたかわかんないって感じだったから。……あははー、思い出すと照れちゃうなぁ。

「――なっ、なんだよ!? びっくりすんだろ!」

 先に我に返ったあきらが、ばっと一歩飛び退きました。その顔が真っ赤になってたのを見て、わたしもなんだか恥ずかしくなっちゃって、ほっぺたがぼわーっと火照った気がしたのを覚えてます。

「ご、ごめんっ。え、えーと、あのね、あの……」

 わたしは恥ずかしさを誤魔化しながら、少し離れた場所に作ってあったもうひとつの火元に走りました。肉を焼いてるほうは、ガレキなんかを使ってちょっとしたカマド? みたいにしてあるんですけど、こっちはただの焚き火です。簡単な竹製の骨組みを立てて(作ってくれたのは、さおりだったかな!)、そこに太めの竹を切り出したものを引っ掛けて……つまり小さな鍋を火にかけてる感じですねっ。

「これ、味見して欲しくてっ!」

 わたしは火の前にしゃがんで、鍋の中を覗きました。甘酸っぱい、いい匂いがする赤いペーストが、ふつふつ、くつくつ、音を立ててる鍋。

「あ、ああ……いちごジャムか」

 わたしたちの“畑”の片隅に生えてた野イチゴ。それをジャムにして煮てたんです。野イチゴはね、普段はそのまま食べてたんですよ。あの“船”から持ち出してきてた砂糖は貴重品だったから、あんまり使わず置いとこうね、ってみんなで話してて。でもこの日はちょっと特別に、フンパツして! ジャムを作ってたんです。わたしがね、作りたいってワガママ言ったんですよね。なんでかって、……あはは、あきらにも、なんでって聞かれたなぁ。そのときは、はぐらかしちゃいました。だって恥ずかしかったから! ほかのみんなには、あとでこっそり教えたんですけどね。あきらにだけ、内緒にしてました。だからこの味見のときも、あきらはわたしがジャムを煮てる理由、知らないはず。

「うん。ジャムなんて初めて作るし、味の好みもあるじゃない? だから味見してくれたらなーって」

「なんだよ、ジャムはかなこが作りたかったんだろ? かなこの好みで調整していいんだぜ。別にアタシたちのことまで考えなくても……」

「え、えーと、でも、ほらっ! わたしが独り占めして食べるわけじゃないし、みんなでおいしく食べられる……最大公約数的な? 味にしたいなってっ」

「それはわかるけど……」

「ねねね、だから味見っ。ほらほら、あーん!」

 わたしは竹のスプーンでちょっとだけジャムをすくって、あきらのほうへ差し出しました。うーん、思い返すと変なテンションになってたのかなぁ。恥ずかしいことして、恥ずかしさを打ち消そうとしてたっていうか……ありますよねっ、そういうことっ。

「なっ!?」

 わたしの企み? 通りに、あきらはまた赤くなって少し後ろに下がっちゃいました。

「あーん!」

 懲りずに迫るわたしと、

「あーんじゃねー! 自分でするよ、味見くらい!」

 そんなわたしの手からスプーンをひったくる、あきら。

 想像通りで、ほっとしたような……ちょっとだけ、残念だったような? そんな気持ちでした。あはは。

「ん……んー。いいんじゃねーかな。もとこなんかは、もっと甘いほうが好きかもだけど……アタシはこのくらいのほうが好みだな。甘さと酸味のバランス的に」

 スプーンの先にほんの少し載ったジャムを舐めて、あきらはそんな感想を言ってくれました。

「そう? じゃあわたしも味見しよ」

 わたしも、もうひとつのスプーンで同じように味を見て。そしてあきらと同じような感想を持ちました。

「うん、いいねっ。わたしも好きな味っ! よかったよかったー」

「はは、そっか。そりゃたしかによかったよ。まだ味が若いから、もうちょっと煮詰めて……それから冷ましてしばらく寝かせないとな。そしたらジャムっぽくなるはず」

「りょーかい! 瓶があればちゃんと瓶詰めにするの前提で、たくさん作れるのにねぇ」

「だよなぁ。丈夫なガラス瓶くらいはどっかに残ってるかもしんないけど……フタも一緒にしっかりしてないと意味ないもんな。さすがに見つかんないかなぁ。でも瓶詰めができれば、保存食の幅は広がるよなぁ……」

 スプーンの先端をじっと見つめながら呟くあきらは、真面目に考え込んでる様子です。わたし、この生活で……あきらのこういう顔、何度も何度も見てきました。わたしが見ていて嬉しくなっちゃう、あきらの表情のひとつ。

「……って、な、なに見てんだよ? どっかにジャムついてるか?」

 だから、ついじーっとその顔を見ちゃってて……気づいたあきらを、また恥ずかしがらせちゃいました。

「え、あ、ごめんごめん。瓶を探すならどこかなぁって考えてたっ」

 とっさに誤魔化したけど、でも完全な嘘でもなかったから、提案を繋げてみたりもしましたよ!

「ね、探しに行ってみる?」

「ん……そうだな。ダメ元で探してみるか」

「じゃ、明日出かけようよ。お弁当持って本格的にっ」

「別に今日でもいいんじゃね? まだ時間も早いし、昼食べてすぐ出れば……」

「えー、あー、明日がいいな。明日っ、明日っ!」

「ま、まぁかなこがそう言うなら、明日でいーけど……」

 わたしはちらっとジャム鍋を見つつ、予定をごりっと決めちゃいました。あの、ちょっとしたね、企みがあったんですよー。あは、企みって言うと人聞き悪いですね。ちょうどいいチャンス? っていうか、そういうのです。だから無理があるなぁって思いつつもダダこねて、次の日にして貰った感じです。

 それからあきらは自分の作業に戻って、わたしもジャムを見守りつつごはんの準備に戻って。普段の“生活”を続けました。“明日”のお出かけを楽しみにしながら。



「さーて、あるかなぁ、きれいな瓶」

 次の日、楽園の外に探索に出ました。ほかのみんなは色々予定してた作業があるみたいで、わたしとあきらのふたりきりです。……うぅ、企みがあるだけに、嬉しいような、意識しちゃうような。一応平気な顔してたけど、内心ちょっと緊張してたっ!

「瓶詰め用の瓶を売ってそうな場所って言うと、やっぱウィングマーケットか? でもあそこ、もう何回も行ってるからなぁ。それで今まで見つかってないんだから……」

「そうだねぇ……あれば誰かが持って帰ってきてそうだし」

 門の傍に立ったまま、ふたりでちょっと考え込みました。なんだかんだでわたしたち、この街で暮らすようになってそこそこ過ぎてます。だから探索なんかも、もう結構やっちゃってるわけで。これまで誰も見つけてない重要なものを見つけるのって、難しくはなってきちゃってるんですよね。

「まぁでも、キャンペーンだってエントリーしなきゃ当たらないんだしっ。探してみて損はなしってことで……んしょっと」

「荷物、なに詰めてきてんだ? アタシが持つよ」

 持ってたトートバッグをわたしが肩に掛け直したのを見て、あきらが手を差し出してきました。

「えっ、いいよいいよ、そんなに重くないしっ」

 わたしはちょっとぎくっとして、一歩離れながら手を振りました。

「いや、けど……」

「本当に大丈夫、ただのお弁当だからっ。わたしよりあきらが手ぶらでいるほうが、探索にはいいカンジな気がしない?」

 バッグの紐をぎゅっと握りしめつつ言うわたしの言葉に、あきらも納得してくれたみたいで。それもそっか、って頷いてました。危なかったー。

「じゃ、出発&探索開始っ!」

「おうっ!」

 わたしたちはふたりで気合を入れて、廃墟みたいな池袋の街を歩き出しました。

 ――別にね、別にいいんですよ。バッグの中身、知られたって。サプライズがしたいってわけでもないし、中身そのものが特別な何かなわけでもないし。ただ恥ずかしさで変に誤魔化しちゃうんじゃなくて、ちゃんと言えるタイミングが欲しいなぁって思ってたんです。……もしかしてこういうの、ちょっとロマンチスト的な? 考え方だったりするのかな?

 わたし、自分がそうだって意識したことなかったです。……あきらが相手だから、そんな自分になっちゃうのかな。



 目的はあるけどアテはない探索って、大変なんですよねー。街を歩きながら、それっぽいなにかを見つけては、ふたりでがっくりすることの繰り返し。

「……あっ! あそこ、大きくボトルって書いてない!?」

「マジか! ……って、これ、ただのコーヒーショップの名前だぞ……」

 とか、

「あの看板に瓶って書いてあるぜ!」

「……残念……瓶ビールだぁ」

 なんてやり取りが、何度かありました。

 それでキリがないってあきらが言い出して、大通りの真ん中で一度立ち止まって作戦会議。

「そもそも、瓶詰め用の瓶だけ売ってる店ってのもあんまりないだろ……看板で探してもしょうがねーよな」

「そだね……おとなしくウィングマーケットで探したほうが確率高そうな気がしてきた」

 ってことで、探索先を有名大規模ホームセンターに変更です。

 わたしたちの作戦会議なんて、だいたいこんな感じ。ゆる~っとやること決めて、ゆる~っとやること変えてっていう。

 ……なんかね、のんびりしてるんです。ずっと、いろんなことに対して。大変だー! って慌てることもあるけど、心のどこかで安心してるっていうか。きっとわたしたちは大丈夫、って思ってる。今ならわかりますけどね、その理由。



 ウィングマーケットにやって来たわたしたちは、上の階までウロウロしました。中はホコリだらけだし、棚はたくさん倒れてて、割れたガラスなんかもいっぱい散らばってる。でも諦めず探せば、便利なものが見つかったりする。あの“池袋”のウィングマーケットは、そういう場所です。

 まぁ……このときは結局、なんにも見つからなかった、んですけどね。あはは。



「はーぁ……ダメかぁ……」

 たっぷり二、三時間は探索してから店を出て、あきらががっくりしつつ溜息を吐きました。

「ね、残念だったね。瓶の残骸ならいっぱいあったのにねぇ」

「フタは腐食してるし、瓶部分は割れてるし。あーあ、果実酒瓶っぽいのもあったのになぁ。あんなのあれば、野菜の塩漬けなんかに使えただろうにさぁ」

「あはは……なんかごめんね、あきら。わたしの思いつきに付き合わせて、無駄にがっかりさせちゃった感がっ」

 わたしはなるべく明るく笑いながら、あきらの肩をぺしぺしはたきます。慰める気持ちと謝る気持ちと励ます気持ちの詰め合わせって感じかな?

「いや、いいよ、そんなのは。アタシもあれば便利だと思うから来たんだし。とにかく今日のところは帰るか……って、そういや、弁当持ってきてるんだっけ?」

 あきらもわたしに気を遣ってくれたのか、引きずる様子もなくて。目線でわたしのバッグを指して言いました。ちゃんと覚えててくれて嬉しいなぁー。なんて思った記憶!

「そそそ。あるある、あるよー、お弁当っ。せっかくだから食べて帰ろうっ。眺めがいい場所がいいよね、水辺に行く?」

「それいいな、ピクニック気分になるし。なんかあったときのこと考えて、楽園になるべく近いトコでな!」

「だね。動物に襲われたりするかもだし……そんなこと今まで一回もないから、大丈夫だとは思うけど」

「まぁな。基本向こうが人間を避けてる感じするしな。けど食べ物につられて寄ってくる可能性もなくはないから……用心して、ちょっと高台みたいになってる場所探そうぜ」

「りょーかいっ」



 わたしたちの“池袋”には海がありました。池袋なのにねっ。あと正確に言うと、海じゃないです。淡水でしたから。でも湖って言うには向こう岸が見えなくて、水辺に立ってると海を眺めてるような気分になるんですよね。

「よし、この辺でいいか。かなこ、登れるか?」

「うん、大丈夫……わ、ととっ」

「ほら、捕まれ捕まれ!」

 水辺にちょうどいい――高くて頑丈な岩場? みたいな場所があったので、ふたりでそこに登ります。わたしがよろけて、あきらが素早く手を掴んでくれて……ああいうときの、あきらの手のひらの頼もしさって、今もずっと変わらないなぁ。

「あはは……ありがと」

 わたしはちょっと照れながらお礼を言って、それから広がる水辺を見渡しました。あきらは街のほうを先にきょろきょろ見回してるみたいでした。

「……鹿とかもいない……な。うん。大丈夫だろ、たぶん……」

 わたしを支えてくれた腕の力強さとは違って、あきらの声はちょっと不安そうです。……実はね、怖がりなんですよ、あきら。たぶん、わたしたちの中で一番そうなんじゃないかな?

 頼もしいけど、繊細なところがあるのが、あきらってヒトだから。生活のことで頼っちゃうぶん、あきらの心は少しでも支えて守って……彼女に安心をあげられたらなぁって思うんですよ。安心、大事ですから! ちょうどいいことに、わたしは怖がりじゃないみたいだし。それでバランス取れるかな? って。ふふふ。

「ここ、楽園が見えるね。ほら、すぐあそこ、浄水場のビルだもん。このくらい近いなら、わたしもたぶん走れるし、大丈夫&だいじょうぶっ」

「そう、だな……よし、気にしない気にしない!」

 わたしがフォローすると、あきらも自分を励ますように拳を握って頷いて、それからわたしと同じように水辺を見ました。

「相変わらず……ずーっと向こうまで水だなぁ」

「本当だねぇ。本当に……東京の街が沈んでるのかな、ここ」

「場所的にはどのへんになるんだ?」

「うーん……方向としては、新宿とか上野とか……? 東京湾から海が広がって沈んじゃったってことなのかなぁ」

「それなら海水じゃないのはなんでだってなるけどな……ぅ、ダメだ……頭くらっとしてきた……」

「……そだね。やめよう。わかることなら、きっといつかわかるよ」

 自分たちのいる場所のこと、自分たちの昔のこと。その辺について考えると急にぐわーっと眠くなって“落ち”ちゃいそうになるんですよね。まぁ、そういうふうになってる●●●●●●●●●●●から、わたしたち。変だけど、おかしいけど、でもそんなもんだって受け入れてるし。平気です。

「きっといつか……か。はは……前向きだなぁ、相変わらずさ」

 あきらがふっと、少し不思議な目をして遠くを見ました。あえてわたしを見ないようにしてるような……そんな感じが、しました。

「だってみんながいるもんね。大丈夫&だいじょうぶ! それよりいざっ! お弁当タイムですっ! さささ、座って座ってっ」

 わたしはなんでもないみたいに気分と話題を切り替えて、ようやくトートバッグを下ろして、あきらの服を引っ張りながら座ります。

「お、おお……」

 あきらもわたしの隣に座って、バッグの中を覗き込みます。

「そういやアタシ、この弁当の内容全然知らないぞ。かなこがなんかコソコソ作ってたもんなー。なに持ってきたんだ?」

「ふふふ、あのねぇ……」

 バッグの中から、竹製のお弁当箱を取り出して……ちょっとだけ間をタメてみたりして……それから、じゃーんっ! なんて言いながらフタを開けました。

「お、おお……! ロールサンド? か!?」

「そうでーす。昨日みんなで焼いたパン、あきらに内緒でちょっと残しといてもらったんだ」

 わたしたちは稲を育ててます。収穫したお米でごはんを炊くんだけど、パン好き(たぶん、パンを焼くのが好きなんだと思うけど)のあきらは米粉でパンも焼きたいって言い出して。街で見つけてきた臼で粉を挽いて、本当にパンっぽいものを焼いちゃったんです。イーストもないし、米粉だし、“っぽいもの”でしかないけど……でも、わたしはすごくおいしいと思いました。うん、心から。なんでかな? なんて、ふふふ。

「そういや、昨日の夕食はパンがいいって言い出したの、かなこだよな。さてはこれ目当てだったなー?」

「あは、正解。お弁当にはおにぎりもいいけど……今日はね、どうしてもパンがよくて。味は二種類ありますっ、好きなのどーぞ!」

 ずいっと目の前にお弁当箱を差し出すと、あきらは真剣に中を見つめて考え込みます。

「んー……こっちはアレだ、焼いた鶏を挟んだやつだろ? んで、こっちは……なんだよー、中身が全然見えねーな!」

「どうどう? 中身がわかるほうを選ぶか、それとも未知サンドにチャレンジするか! あきらなら、安全なほう選んじゃうかなー」

「む、な、なんだよ、挑戦か!? 別にサンドイッチなら中身がなんでも食えるし!」

 わたしがちょっとだけからかったら、あきらも受けて立っちゃって。鶏じゃないほうのサンドイッチをわしっと掴みました。

「ってか、かなこが用意したんなら、中身が変なモンってこともないよな……なんだろ」

 ロールサンドをまじまじ見つめる何気ないあきらの呟きに、わたしは一瞬……なんて言うんだろ、胸を打たれた? って言うのかな? そういう感じに、なりました。なんかね、なんでもない、ことなんですけどね。でもなんでもないことで、信用される嬉しさっていうか……それをしみじみ感じました。

 だってほら。怖がりのひとって、警戒心が強いものだしね。

 ただ、少し不思議なんです。このときの、この感じ。ただ誰かに信用されてるー嬉しいなーって、それだけのことじゃ絶対にない。それでいて、あきらだから嬉しい! っていうだけのことでも、ない気がする。もっとなにか……心の中の、ずっとずーっと深いところがむずっとするみたいな、あったかい……――

「……おい、かなこ。どうした?」

「え?」

 そんなふうに胸なんか打たれたせいで、ちょっとぼんやりしちゃってたみたいで。あきらの心配そうな声で我に返りました。……やだなー、変な顔であきらのこと見つめてなかったかなぁ! それだけが心配っ!

「ご、ごめん、わたしはどっち食べようかなって悩んでた! さぁさぁ、食べて食べて、わたしも食べます、いただきますっ!」

 ――そうしてわたしたちは、池袋の水辺でランチをしました。あきらが焼いてくれたパンを使って、わたしが作ったロールサンドで。ひとつはチキン、もうひとつは……わたしが前の日に煮てた、野イチゴのジャムです。

 ちゃんとね、伝えましたよ。いつも頑張ってくれてるあきらへのお礼に、ちょっと贅沢してジャムを作りたかったんだよって。みんなも賛成してくれたよって。それを聞いたあきらはちょっとびっくりして、でも照れくさそうに喜んでくれて……――

 でもね。そのときの詳しい様子は、内緒です。あきらがどんなふうに食べてたか、どういうことを言ってたか、どういう表情をしてたか……そういうのの、細かいことは内緒です。

 だってあきらって恥ずかしがり屋でもありますから。わたしとふたりきりのときのことを話されるのって、たぶん嫌がると思うんですよね。

 それに――ふふふ、わたしもね。あのときのあきらの姿は、ちょっとだけ独り占めしてたいから。だから内緒です。

 わたしって、実は結構自分勝手なんですよ。きっとね、自分と大切な誰かのために、ワガママ言ったり、無茶を押し通したり……そういうこと、する人間なんだと思います。



「やぁ、ふたりともお帰り」

「首尾はどうでしたか」

「……収穫……なかったみたい……ね……」

「でも安心するといいですゾ! なんとまたも新しい発見があったのですぅ!」

 わたしたちが楽園に帰ると、いつもと変わらないみんなが賑やかに出迎えてくれて。わたしたちに成果がなかったかわりに、誰かが新しいなにかを見つけてて。また少し、生活がよくなっていく予感がしました。

 わたしたちの“池袋”での生活全部全部、こういう積み重ねです。失敗も成功もあるけど、自分たちで探してきた何かで、自分たちに必要な何かを作る。それでちょっとずつ、“いい暮らし”にしていく。便利なものもね、たくさんありましたよ。いろんな道具に植物動物、それに水道やトイレまで。きっと街のひとたちが残してくれてたんだろうなって、今からすると思います。

 だからこそわたしたちは、のんびり頑張って“いい暮らし”にしてくことに集中できて……そしてその“いい暮らし”にすることをいちばん引っ張ってくれてたのは、間違いなくあきらなんです。それが、わたしがあきらを頼りにしてて……あきらを守りたいって思う、いちばんの理由かな?

「へーぇ、これいいじゃん。また便利になるな! でかした!」

 そんなことを考えながら、みんなの発見に嬉しそうにするあきらを、内緒で見つめてました。



 サンドイッチを食べる前にあった、あの瞬間。心の深いところがむずついた、あの感じ。

 今ならちょっとだけ、なんなのか見当はつきます。確信は持てないですけどね。

 わたし、きっと――懐かしかったんだろうな。

 怖がりで警戒心が強くて、みんなへの愛が強いからこそ殻や棘を作っちゃうこともある、あきらがね。わたしに心を開いてくれたときのことを……もう忘れちゃった遠い昔の思い出を。あの一瞬だけ、わたしは思い出したんだと思います。だってほら、頭の中に記憶はなくても、心の中にあった気持ちなら残りそうっていうか……きっと、忘れないですよね。

 うん。だから。だからこの生活の中で、信じてられたんだろうな、わたし。

 みんなとなら、あきらとなら。

 どんなことも大丈夫、って!