武装探偵
vs
不死サイボーグ
後編
『武装探偵vs
不死サイボーグ』
月明かりの照らす和風庭園。丸石の敷き詰められた庭を、私は鎧姿の男に肩を貸しながら、息を切らしながら走っていた。
靴下のまま外に出たせいで、足を着くたびに痛む。
でも今は、そんな痛み、気にしてられない。
「す、すまない、七条どの……まさか、『獄電拳《プラズマ・ナックル》』に使う電流で、感電してしまうとは……」
「ホンッット嫌い……! あなたのこと、少しでも信じた私がバカでしたよ!!」
必殺技を見せると息巻いた次の瞬間、武装探偵は情けない悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちた。
どうやら、腕に仕込まれた電流を流す装置の使用方法を誤って、感電してしまったらしい。
こうなると、しばらく身動きがとれないようなので、私は大嫌いな男性の身体に触れるどころか、肩を貸して走る羽目となっている。
何から何まで災難だ。
「さっき言ってたプラズマなんちゃらなら、本当にあの化け物を倒せるんでしょうね!?」
「う、うむ……『獄電拳《プラズマ・ナックル》』の威力ならば、さしもの不死サイボーグも耐えられまい。確実に倒せる、はず……」
「何で最後の方をちょっと言葉濁すんですか!? 急に自信をなくさないでくださいよ!?」
ああ、もう会話するのもキツい。
どちらにせよ、私に残された望みはもうこの鎧男だけなんだ。
鎧男が回復するまで何とか逃げ切って、あの不死サイボーグを必殺技で倒してもらう。
この道以外に、生き延びる術はない。
「この庭は広いし、そう簡単には追いつけないはず。今のうちに、時間を稼がないと……づぁッ!?」
足に鋭い痛みが走った。
どうやら、丸石で爪が割れてしまったらしい。
お気に入りのウサギ柄の靴下に、真っ赤な血のシミが広がってしまう。
「ぐ、くぅぅぅ……!」
「七条どの……何故、我を見捨ててくれないのだ……?」
「ハァ……!? 見捨てて欲しいんですか!?」
「そ、そういうワケではないが……我はおぬしにとって他人なはず。第一印象だって悪かったはずなのに、どうして……」
「……ただの気まぐれですよ。いざとなったら見捨てるんで、黙っててください」
――あんじょう、おきばりやす。
分かれる間際の居合探偵の言葉と、穏やかな笑顔が、頭から離れない。
他人なのは居合探偵も、この武装探偵も同じ。
そもそも彼らに、私を守る義務なんてないはずだ。
にも関わらず、居合探偵は死を覚悟して、私の逃げる時間を稼いでくれた。
平凡な私には理解できない行動。
ただその姿は、とても美しくて、カッコよく見えた。
『不幸』が理由で死ぬくらいなら。
泣き喚きながら、無様に死ぬくらいなら。
私だって、この探偵たちみたいに、最期まで戦い抜いてやる――
「――七条はん」
「え?」
聞き覚えのある声が聞こえて、ハッとした。
声の発信元を探していると、もう一度、今度はハッキリと耳にする。
「七条はん!」
「居合、探偵?」
「今の声は、居合どのか!? よかった、生きていたのだな!」
間違いなく居合探偵の声だ。
声がした方を見ると、池くらいしかなくて、人影は一切見えない。
「七条はん!」
声のした方角に間違いはない。
――遠くだから見えないだけで、池の近くにいるのか?
不信感は拭えないものの、ついつい池の方へと近づいていってしまう。
(居合探偵なら逃げ延びていても不自然じゃないし……彼女がいてくれたら、一気に状況が好転する)
そんなことを考えながら、私たちは更に近づいていく。
遠くに見えていた池がもう目の前。
居合探偵のトレードマークとも言うべき和傘が、閉じた状態で池の脇に突き刺さっているのが見えた。
「七条どの、居合どのの傘だぞ! やはり、彼女は生きていたらしいな!」
「……そう、ですかね」
そこで不意に嫌な想像が働き、足を止める。
それから、暗がりを映し続ける池の水面に、じっと目を凝らしてみた。
「七条どの? どうしたのだ? 居合どのが呼んでいるのだぞ?」
「私は、とびっきり不幸なのに……こんなの都合がよすぎます」
――居合探偵が生きていた?
――私たちに気付いて、呼びかけてくれた?
――不死サイボーグに見つからずに、合流できた?
この事件を通して、今までの人生を振り返っていたからこそ、分かる。
こんなにも都合のいい展開なんて、ありえない。
あるとしたら――
「敵の罠に決まってる」
「七条はん!」
また名前を呼ばれたけど、無視して踵を返そうとした。
すると――
「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」「七条はん!」
壊れた機械みたいに同じ声が何度も響き渡った。
そして、私の睨んでいた水面に波紋が広がり、中から黒光りする巨大な鎧が這い上がってきた。
「何だと……!? い、今までの居合どのの声は、一体……!」
「録音した声を再生していたんでしょうね。あなたの鎧と同じで、アイツの鎧にもおかしな機能でもあるんじゃないですか?」
水をしたたらせながら、不死サイボーグがこちらへと迫ってきた。
追いつかれないよう、武装探偵と一緒に走り出す。
足自体は早くないものの、歩幅の違いのせいでどんどん距離が縮んでいく。
何で、あんな巨体で俊敏な動きができるんだろう。
本当に同じ人間なのか?
ちらりと背後を振り返ると、首にはまだ、居合探偵の刺した刀の切っ先が刺さったままとなっている。
外見だけを見れば、もはや人間ではなく、巨大な鎧の化け物だ。
「外見、だけを見れば……?」
ふと考えがよぎった。
ずっと、不死サイボーグの外見を怖がってばかりいたけど、奴の中身はどうなっているんだろう。
「ねぇ、武装探偵。あなた、もし鎧にゴキブリがついたらどうします?」
「い、いきなり何を言うのだ、七条どの! 取っ払うに決まっているのである!」
「鎧の上なら何ともないのに?」
「そういう問題ではないであろう!? 何ともなくても、怖いものは怖いのである!」
「ですよね」
もし仮に、自分が不死身で、刃物が効かないとしよう。
だからって、喉に刺さった刃物を、そのままにしておくだろうか。
ゲームでも、不死身のように感じた敵が、実は弱点を隠していたという展開は珍しくない。
不死サイボーグも同じだとすれば、答えは自ずと絞られる。
「私、分かったかもしれません……不死サイボーグの『不死』の秘密」
「なぬぅ!? 一体どういうことなのだ!? 教えてくれ、七条どの!」
「時間がないので、よく聞いてくださいね……」
不死サイボーグの『不死』の仮説について、武装探偵にすべてを伝えた。
素人の意見だし、信じてくれないかと思ったけど、武装探偵は意外にもすんなりと受け入れてくれた。
「……なるほど。我の知る特殊な鎧の中に、親しい性質のものがある。恐らく、七条どのの推理は当たっているな」
そして私が頼みたかったことを自ら口にする。
「ならば……我が命をかければ、不死サイボーグを倒せるかもしれんな」
不死サイボーグの足音がすぐ後ろまで迫ってきている。
1分もしないうちに追いつかれるだろう。
もう迷っている暇はない。
「武装探偵……私のために、命をかけてくれますか?」
「無論だ! そのために、我はここへ来たのだからな!」
迷わず答えた武装探偵は、私の肩から腕を離し、その場で向き直った。
まだ感電によるシビレは残っているようで、やや足がフラつき気味。
しかし不死サイボーグと真っ直ぐに向き合って、高らかに叫ぶ。
「我こそは探偵序列90位――武装探偵!
不死サイボーグどの、いざ尋常に、勝負されたし!!」
◆
それまで周囲を照らしていた三日月が、雲で覆われた。夜闇を一層濃くした和風庭園で睨み合う、漆黒の鎧と鈍色の鎧。
この光景だけ切り取ると、まるで別世界の出来事みたいだ。
でも、これは確かに現実で。
もし鈍色の鎧の男――武装探偵が殺されれば、私も死ぬことになる。
今の私にできることは、信じることだけだった。
「武装探偵。登録データなし……脅威度をDに設定」
先に動いたのは不死サイボーグだった。
足元の丸石を蹴飛ばし、武装探偵への目潰しとする。
対して武装探偵は、丸石などまったく気にも留めず、力いっぱい前へと突っ込んでいった。
「もらったァァァァァ!!!」
「小癪――」
不死サイボーグが左拳を横薙ぎに払った。
武装探偵は避けきれず、拳をまともに受けてしまい、思い切り吹き飛ばされてしまった。
感電の影響か、動きにキレがない。
やっぱり、まともに戦っていたら、勝ち目はなさそうだ。
「いい拳をしているな、不死サイボーグどの! だが、我が一族に伝わるこの鎧に傷をつけるには、まだ威力が足りないぞ!」
それでも武装探偵は立ち上がる。
見ず知らずの私の命を守ろうと、戦い続けてくれる。
「待ってて、武装探偵」
私は注意がそれた隙に池へと向かって、丸石の中に突き立てられていた居合探偵の和傘を回収した。
「えっ……」
遠くからはよく見えなかったけれど、傘の表面は血まみれだ。
否が応でも、持ち主の末路が頭によぎる。
軽いはずの傘が、石みたいに重たく感じられた。
「居合探偵……力を貸してください」
傘を抱えて元の場所へ戻ってくると、地面に膝を着く武装探偵に、不死サイボーグが拳を振り下ろそうとしている場面であった。
いくら武装探偵でも、あんな力まかせの攻撃を受けたら助からない。
何とかしなきゃ――
「武装探偵!!」
真っ白な頭のまま、傘の先端を不死サイボーグに向け、ここまで来る途中に見つけたスイッチらしきものをイジった。
すると――先ほど停電した時のように傘の先端が発光。
強烈な光がピンポイントで不死サイボーグの胸へと当たる。
さっき居合探偵が言っていた目潰し用の光だ。
私の推理通りなら、これで――
「ギィ……っ!?」
不死サイボーグの振り下ろした拳の軌道がそれ、誰もいない丸石の上へと叩きつけられた。
「ビンゴです! やっぱり不死サイボーグの本体は、腹部にいます!」
「相分かった!!」
私が呼びかけると同時に、武装探偵の右拳がバチバチと発光を開始。
動けば動くほど蓄電するエネルギーを拳から全て放出するという必殺技――『獄電拳《プラズマ・ナックル》』の構えだ。
拳に溜まっていくエネルギーの潮流が、距離の離れた私にまで伝わってくる。
そこでようやく、不死サイボーグも自身の窮地に気付いたのか、悲鳴のような声を発し始めた。
「――脅威の反応を感知。脅威度をCに更新、Bに更新、Aに更新」
片腕は居合探偵が斬り落としてくれた。
残った片腕も、今は反動で動かせない。
今なら確実に、攻撃が決まる――
「必殺――獄電拳《プラズマ・ナックル》!!!」
武装探偵の右拳が不死サイボーグの胸を打ち抜いた。
鋼鉄同士がぶつかり合い、響き渡る轟音。
足元の丸石が飛び散って、砂煙が舞ったものの、徐々に視界が晴れていく。
「居合どの……仇は、討ったぞ」
武装探偵の拳は、不死サイボーグの胸部の装甲を貫き、内部にまで到達していた。
感電が起きたのか、重なり合っていた二人分の鎧が、同時にその場へ崩れ落ちる。
「武装探偵!?」
慌てて武装探偵の元へと駆け寄って、助け起こした。
気絶しているようだけど、呼吸はしているようだ。
この方法しかなかったとは言え、感電するのを承知で殴らせるなんて心苦しい。
心の底から、生きて欲しいと思う。
「だい、ぢょ、を、じょり、す――」
とぎれとぎれの声が聞こえた。
黒光りする鎧がフラフラと立ち上がり、残った右腕を振り上げる。
穴の空いた胸部の装甲から見える、へしゃげて血まみれの顔。
ハッキリとは見えないものの、明らかに顔の骨が砕けていて、目の焦点も合っていない。
「まだ、やるの……? 不死の秘密を見抜かれたアンタに、もう勝ち目はないわ」
「わ、だす、は、ぅじ、ジャ、ボ、グ……ぢ、なない……」
不死サイボーグに攻撃が通じなかったのは、急所と思われた場所が空洞だったため。
恐らく首はダミーで、四肢は義手・義足のような構造なのだろう。
これだけの装甲を前にすれば、関節の隙間や装甲の薄い首などを狙って当然。
しかし実は、不死サイボーグの本体は鎧よりもずっと小さくて、弱点のように見えた場所には肉体が存在していなかったんだ。
「居合探偵が刺した刃を首から抜かなかったのが敗因よ。いくら不死だからって、痛みを感じないからって、急所に刃物が刺さってたら抜くはず……抜かないのは、そこに肉体がないからだと思ったの」
「わだ、ぢぁ……!! ぢ、なない!!!」
呂律の回っていない雄叫びをあげながら、全力で拳を振り下ろしてきた。
避けられないと死ぬ。
でも不安はない。
「七条どのは死なせん……!」
だって私のそばには、探偵がいるから。
案の定、私の胸の中にいた武装探偵が腕を振り上げ、拳を防いでくれた。
先ほどまで意識がなかったというのに。
感電の影響で、まともに身体を動かせないはずなのに。
この探偵は、どこまでも誰かを守ることに必死なんだと、呆れてしまった。
「これで終わりだ、不死サイボーグどの!!」
そして武装探偵が不死サイボーグを殴り倒し、今度こそ決着するのだった。
◆
私はその後、身体がシビレて動けない武装探偵の代わりに、警察や救急車を呼んだり、負傷したヒトたちの応急処置をしたり、不死サイボーグを縛る縄を屋敷から持ってきたりと、後処理に追われることになった。何もかもが初めてで、自分が何も知らない、何もできないお嬢様であることを痛感させられる。
でも、悪い気分じゃない。
「リビングで……居合探偵の遺体を見つけました」
庭で倒れたまま動けない武装探偵の隣へと座り、報告をした。
スカート越しに尻へ丸石の感触が伝わって痛む。
でも今は、痛いくらいがちょうどいい。
「居合探偵は、私なんかのために死んで、後悔していないんでしょうか……」
今更になって、自分のためにヒトが死んだという実感が、ふつふつと胸に湧き上がってきた。
私がO須商店街のゲームセンターに遊びに出かけたりしなければ、こんなことにはならなかったのに。
自分の軽率な行動のせいで多くのヒトが傷ついて、死人まで出てしまったなんて。
悔やんでも、悔やみきれない。
「勘違いしてはいけないぞ、七条どの。我らは別に、他者のためにこの生命をかけているワケではないのだ」
頭だけをこちらに向かって上げて、武装探偵が言葉を続ける。
「我ら探偵は、それぞれの信念に従って探偵を志した者ばかりだ。他者のために命をかけるのではなく、自分の信念を貫くために、命をかけているのである」
「自分の信念の、ために……?」
そう言えば、最期に見た居合探偵の横顔は、とても満足げだった。
アレは、強がりじゃなかったんだろうか。
「居合探偵も、後悔してないんでしょうか……何もできない私のためなんかに殺されて、悔しく、ないんでしょうか」
「ああ、間違いない。居合どのは最期まで、自らの信念に殉じ続けたのだからな」
「でも、それでも……」
「それに七条どのは、不死サイボーグの秘密を読み解いてくれたではないか。七条どのの助言がなければ、我は確実に死んでいたぞ?」
「あ、あの時は、とにかく必死で……それに、ゲームでも似たようなボスがいたような気がしたから」
「七条どのだから解けた秘密であることは、間違いない。だからこれからは、『私なんか』などと、自分を卑下してはいけないぞ?」
そう言って、武装探偵がフラフラと立ち上がり、私にそっと手を差し出した。
「この世に死んでいい命などいない。だからこそ、我ら探偵は命をかけ、人々を守り続けるのだ!」
私は笑い返して、武装探偵の手を取って、立ち上がる。
男性に触れられた時の嫌な気持ちは、もうない。
これからは、もっと前向きに、人生を生きられる。
そんな気がした。
――END
◆
【『探偵同盟』科学班のレポート】不死サイボーグ事件に関して、現状判明している以下の情報、4点を共有する。
①装着していた特殊装甲は、過去に盗難の届け出が出ていた妖甲の一種『鬼灯《ほおずき》』を改造したものであった。
②不死サイボーグの“本体”は、四肢が異様に短く、骨格の構造が明らかに常人と異なっているなど、筆舌に尽くしがたい容姿であった。
素性の特定を進めているが、芳しくない。
無戸籍の可能性が高いと見ている。
③“本体”は、頭蓋骨に埋め込まれていた通信装置の熱暴走により、脳が損傷。
著しい思考力の低下が見られる。
所属していた組織について、情報を引き出すことは難しい見込み。
④“本体”から聞き出せた言葉の中には『明けぬ夜』がある。
『明けぬ夜事件』との関連性は現状不明。
――以上。