VR殺人事件

【第2幕】
『捜査編~仮想空間SNS~』

 調査探偵は科学探偵のレクチャーの元、手首と足首にベルト型の機器を取りつけ、顔にはゴーグル型の機器をはめ、両手にリモコン上のコントローラーを持った状態となった。

 その状態でしばらく待つと調査探偵の視界に、ビビッドな色合いの3D空間が広がった。

 足元を見ると、紺色の足場があり、道路のように前方へと続いている。
 まるでゲームの世界の登場人物となったかのようだ。

「無事にログインできたようですね」

 ゴーグル内臓のマイクから科学探偵の声が聞こえてきた。
 声の出どころを探して周囲を見渡すと、ピンクの髪をツインテールにした白衣姿の美少女が、こちらへ歩いてくるのが見えた。

「容疑者の皆さんがどの“世界”にいるかは、既に特定済みです。調査探偵さんがVRに慣れたら、“世界”を移動しましょう」

 科学探偵の声に合わせて美少女の口がパクパクと動き、調査探偵は少しギョッとする。

「あ、あなた、科学探偵、ですよね……?」

「ええ、そうですよ。アバターは既製品『エリー&アリー』を買って、白衣姿となるようアレンジを加えたんです」

 目の前で一回転する科学探偵のアバター。
 動きに合わせて白衣がひらひらと揺れるなど、出来が素晴らしい。

 ただ、あまりにも美少女なその外見は、つい先ほどまで話していた少年の姿と噛み合わず、妙な心地となってしまう。

「まさか科学探偵も、美少女になりたい願望が?」

「ああ、いえ。男性も女性も、女性の外見の方が油断してくれるから、この外見にしているだけですよ。僕はまだ声変わりもしていないので、演技などせずとも性別を誤魔化せますしね」

 サラッと恐ろしいことを言う科学探偵。
 可愛らしい見た目に騙されてはいけないのは、現実もネットも同じである。

「あれ……? 科学探偵は車椅子の身なのに、どうやって移動しているんですか?」

「移動はコントローラーか、キーボードで行うんです。右手のコントローラーのスティックを倒してみてください」

 科学探偵に言われた通りに動かすと、少し前に移動した。

「手足に機器をつけていたから、実際に歩いて移動するのだと思ってました……恥ずかしい」

「手足の機器は、現実の調査探偵さんの動きを反映させるためのものです。ゴーグルに手をかざすと、自分の手のひらが見えるはずですよ?」

 また言われた通りに動かすと、確かに手が見えた。
 現実の自分よりも、ずっと白くて、指が細くて美しい手。

 現実とは異なる自分へと変身したような心地を、調査探偵は味わった。

「調査探偵さんのアバターは、僕の使用しているエリーの姉という設定のアリーです。白衣姿ではなくアイドル衣装で、表情がエリーよりクールなんですよ」

「……悪く、ありませんね」

 調査探偵の中で妙な心地よさが広がっていく。
 深みにハマると、とてつもなくマズそうだ。
 美少女になりたがる男性たちの気持ちも、今の彼女なら少しだけ分かるかもしれない。

「身体の動きは調査探偵さんが身につけている装置の他に、カメラに映した身体の動きに連動させる方法もあります。まぁ連動させなくても、足の動作が機械的になるだけで、特に支障はないんですけどね」

 言いつつ、科学探偵は先導するように移動を始めた。
 コントローラーを動かして、そのあとに調査探偵も続く。
 足元を見ると、実際に3Dモデルの足が動いているのが見えて、よくできていると感じた。

 操作はシンプル。
 キーボードでも操作可能だというなら、足で操作すれば食事をしながらでも移動くらいはできるだろう。

「ガッくん、乙ぽよです。エビママヨさんを例の場所に呼んでおきましたよー」

 科学探偵の目の前に突如、紫色の髪から猫耳が生えたゴスロリドレスの少女が出現した。
 どうやら、他の“世界”から移動してきたらしい。

「アキラ3710さん、情報提供からアポイントの調整まで、ありがとうございます。事件は必ず解決するので、安心してください」

「よろしくお願いしますね……まったく、私が管理する“世界”を殺人事件に巻き込むなんて、勘弁して欲しいですよ」

 それだけ言うと、紫色の髪の少女はまたパッと姿を消した。

「科学探偵、今の女の子は?」

「今回の事件の情報提供者です。警察では取り合わなかったようで、探偵同盟に話を持ち込んでくれたそうですよ」

 ――なるほどね。
 どうりで、やけに内情に詳しいワケだわ。

 しっかりと頼りになる協力者を確保している辺りが、科学探偵の抜け目のなさを感じさせた。

「では、そろそろ容疑者たちの元に移動しましょうか。今話していた通り、知人を通じて事情は説明済みなので、スムーズに話を進められるはずです」

 そう科学探偵が語り終えると、周囲の風景がビビッドな色合いから、夕暮れの住宅街のような光景に切り替わった。

 道路には、ご丁寧に白線や交通標識まで設けられていて、生々しいまでの生活感があって面白い。

「この“世界”に容疑者が?」

「ええ、一人目の容疑者『エビママヨ』さんがいます。被害者である六山さんから執拗なセクハラを受けたことで、トラブルとなった過去があるそうです」

 ――セクハラ。
 現実でも頻繁に話題となる問題が、このVR空間でも起きるなんて。愚かなヒトはどこにでもいるものだと、調査探偵は内心呆れていた。

「アキラ3710さんの話では、この奥の公園で待ってくださっているそうです。向かいましょう」

 科学探偵に先導されて公園にたどり着くと、先ほどスクリーンに表示されていた眼鏡の女性が、ベンチで一人座っていた。

 古き良き母親像がモチーフなのか、白のエプロン姿が愛らしいアバターだ。

 ただ、大きな丸メガネが大人しい雰囲気を醸し出しているので、セクハラを受けたという話にも、説得力がある。

 眼鏡の女性『エビママヨ』は科学探偵たちを前にすると、自己紹介も手短に済まし、事の詳細を話し始めた――

【証言:エビママヨ】

 私がムッツ・リーさんからセクハラ被害を受けていたのは事実です……。

 彼は私のよく遊ぶグループとは別のグループ……というより、なんというか、孤立していたんですけど、しつこく私のいる“世界”に足を運んで話しかけてきて。

 孤立したヒトに冷たくするのも、気の毒でしょう?
 だから、最初は気を悪くさせないよう、適当に話を合わせていたんですけど、段々とイヤなお願いをされるようになって……。

 ブロック機能……特定のヒトの姿や声を認識しなくなる機能を使っちゃいました。

 そのことが原因で、私のグループにつっかかるようになって、また色んなイザコザが生まれてしまったんですが……ごめんなさい、その話は気が進まないので、なしにしてください。

 そのあとムッツ・リーさんとは?
 何もありませんよ。あるワケないじゃないですか。

 私の話、ちゃんと聞いてましたか?
 みんな、みんな、何で私のことを疑うんですか……ひどいですよ。

 ……ともかく、私は今そもそも、VCN上でムッツ・リーさんを認識できない状態なんです。

 確かに、ムッツ・リーさんが刺されたっていう鬼ごっこには参加していないので、もし同じ時刻に犯行が行われたならアリバイはないですけど……。

 それだけで疑うのはひどいと思います。
 怪しいヒトなら、もっと他にいるでしょう?

 例えば、ほら、星ザメさんとか。
 ムッツ・リーさんって、スゴく目立つアバターを使っていましたよね?
 あのアバターの制作者さんが星ザメさんなんです。

 今でこそ、ツブヤイターのフォロワーが数万人もいるスゴい子ですけど、ムッツ・リーさんのアバターは活動初期に作られたものらしくて……。

 ろくな取り決めもせずに渡しちゃったせいで、可愛い衣装を剥ぎ取られて、体型も魔改造されて……あんな破廉恥な見た目にされちゃったんです……。

 私は絵なんて描けないから気持ちは分からないですけど、やっぱりあんな扱いされたら怒るんじゃないですか?

 きっと星ザメが殺したんですよ……間違いありません。

 エビママヨの話を聞き終えた調査探偵と科学探偵は、“世界”全体が作りかけの城という、奇妙な“世界”へとやってきた。

 その城で、未完成の壁の切れ目とにらめっこしているサメの着ぐるみ姿の少女が、容疑者の一人『星ザメ』。

 まるでサメに丸呑みにされたみたいに、手足以外がまるっとサメに飲み込まれたようなその外見は、一度見たら忘れられないほどインパクトが強い。

 ただ、サメの口からは可愛い顔が見えていて、不思議な愛嬌もあった。

「あの、星ザメさんですか?」

 調査探偵に名前を呼ばれ、星ザメが振り返る。
 サメの口からこちらを覗く顔は、完全なる無表情。

 外見こそ幼げで、愛らしいものの、その光のない半目は、威圧感を覚えずにはいられない。

「あのー……お話を伺いたいんですが」

「調査探偵さん、アキラさんによれば、星ザメさんは声が出ないというキャラで活動しているそうです」

「へ……? こ、声が出ない?」

 こくこくと星ザメが無言でうなずく。
 徹底してキャラクター性を貫き、声を出さないつもりのようだ。

 ネット文化に馴染みの薄い調査探偵には、これまた理解の及ばない価値観であった。

「僕らはアキラ3710さんから紹介していただいた探偵です。星ザメさんも、殺害されたムッツ・リーさんが参加していた鬼ごっこの、参加者でしたよね?」

「…………」

 星ザメは何も言葉を返さない。
 饒舌だったエビママヨが例外なだけで、本来、事件について語りたがるヒトは少ない。

 当然の反応だと調査探偵は思った。

「ところで、そのアバターも自作なんですか? カワイイですよね、質感がちゃんとサメらしい鮫肌なのが素晴らしいと思います」

「!」

 科学探偵の言葉で、星ザメのアバターの光のない目に、パッと光が宿った。

 それから、よほど嬉しかったのか、着ぐるみから突き出た手と足をパタパタと可愛く動かして、軽やかにダンスを踊る。

 それから、星ザメがどこからともなく立て看板を取り出し、その看板上に「自作だよ」と文字を表示する。

 どうやら効果は絶大らしい。
 これなら、次は素直に答えてくれるかもしれない。

「……よく喜ぶ言葉が分かりましたね?」

「僕もクリエイター気質の人間ですから。何を言われたら喜ぶのか、少しは分かります」

 科学探偵は調査探偵に小さく苦笑してみせて、再び星ザメに事件について訊ねかける。

「話が脱線しちゃってごめんなさい。殺害されたムッツ・リーが参加していた鬼ごっこサーバーに、星ザメさんも参加されていましたよね?」

 星ザメの手にした看板上の文字が消え、次は「うん、参加してた」と表示される。

 本当に答えてくれた。
 間髪を入れず、科学探偵は星ザメへの質問を続ける。

「ありがとうございます。お手数をおかけして心苦しいのですが、そのように文字を表示する形で、ムッツ・リーさんとの関係について、僕たちに話を教えてくださいませんか?」

 少しだけ逡巡したのち、星ザメの持つ立て看板に「仕方ないにゃあ、いいよ」と表示された――

【星ザメの証言】

 星ザメは、ムッツ・リーが嫌い。
 だってアイツは、星ザメの作ったマリンちゃんにひどい改造を加えたから。

 別に、改造やアレンジを加えるのはいいよ。
 でも服を削るどころか、体型まで変えるのは、もうバカのやることでしょ。

 それも、せっかく星ザメがこだわって作った身体を、クチャクチャにしちゃって。
 あんなみっともない身体で歩き回って。
 誰よりも、マリンちゃんがかわいそうだよ。
 本気でペチペチされても仕方ないと思うよ。

 だから、アイツが死んだって分かって、正直胸がスッとしたんだ。

 でも星ザメはやってない。
 そもそも、ムッツ・リーが鬼ごっこで刺された時、星ザメもその場にいたしね。

 それと、もし鬼ごっこよりあとに殺されたんだとしても、星ザメには無理。

 だって、あの鬼ごっこのあとは、ほとんどお絵かきの配信してたから。

 星ザメが二人いないと、殺すなんて無理。
 無理ザメだよ。にへへ。

 怪しいのはスペースオロチじゃないかな?
 オロチはほら、赤いタイツを着た、変態っぽいヒト。

 自称『自警団』だけど、アレじゃ学級指導の先生だね。

 いつもムッツ・リーと言い争ってたし。いつも何かに怒ってるし。うるさいし。怪しいと思う。
 よくわかんないけどね。

 あなたたちも、あのオジサンに話を聞くなら、すぐ怒るから気をつけた方がいいよ。

 とにかく星ザメは、こうしてモノ作りができていたら、それで幸せ。

 殺人事件とかどうでもいいから。
 適当に犯人見つけといてよ。

 じゃあお城作りを再開するから、もう帰って。

 調査探偵たちが最後に訪れたのは、六山が刺されたという体育館の“世界”。

 実際に来てみても、床の質感も、内観も、体育館そのもので、この“世界”の管理者であるアキラ3710のこだわりが感じられた。

 しかし、先ほど調査探偵が目にしたスクリーン上の光景と違って、今はこの広い空間にヒトはほとんどおらず、静まり返っている。

「事件以来、もう鬼ごっこはやっていないんですか?」

「元々四六時中行われていたワケではないのですが、アキラさん曰く、しばらく休止させるそうです。かなりの人気だったから、残念がる声も多いんですけどね」

「そうですか……」

 先ほど楽しげに遊ぶ人々の姿を見ただけに、調査探偵も残念に思った。

 ここまで調べてきた中で、VCNが如何に多くのヒトに愛されているかは、彼女にも伝わっている。

 この中で“世界”がひとつ止まるというのは、その呼び名の通り、自分の好きな世界が失われるも同然に違いない。

 早く事件を収束させて、またこの“世界”の止まった時間を再開させてあげたいと、心から思った。

「アキラさんの話では、この“世界”にスペースオロチさんはいるはずなのですが……」

「科学探偵、中央に誰かいますよ」

 空っぽの体育館の中心に一人だけ、赤い全身タイツの男が仁王立ちしている。
 最後の容疑者――スペースオロチだ。

 スペースオロチは調査探偵たちを視認すると、肩を怒らせながら迫ってきた。

「犯人は現場に戻ってくるとは、よく言ったもんだぜ……!」

 明らかに苛立った様子で詰め寄ってくるスペースオロチ。

 そんな様子に気付いているのかいないのか、科学探偵は平素の調子で話しかける。

「落ち着いてください。僕たちは探偵です」

「ん? なるほど……アンタたちが、俺を疑っているっていう探偵かい? こんなところに呼び出すなんて、何のつもりだよ?」

 口調こそクールぶっているが、声には明らかに怒りが滲んでいる。
 星ザメが評していた通り、気難しい人物のようだ。

 返答を誤ればこじれることは必至。
 これまで通り、率直に本題へ入ろうとした科学探偵を制して、代わりに調査探偵が前に出た。

「探偵なのは事実ですが、疑ってなどいませんよ。むしろ、善人のあなたが、この先で警察から不条理な取り調べを受けたりしないよう、事前に話を伺いたいだけです」

 そう語って、深々と頭を下げる調査探偵。
 そのかしこまった態度に、明らかに喧嘩腰であったスペースオロチは言葉を失い、気まずそうに目を背ける。

「そ、そうなのかい。ありがとう……それは、助かるよ」

 スペースオロチは怒るばかりか、素直に感謝まで述べた。
 隣の科学探偵が、驚いたような顔で調査探偵を見つめる。

 ――感情的な男性には、勢いで反論しても通じない。
 謝罪しても気持ちが晴れない。
 故に、丁寧に言葉を受け止めて、自分が味方であることを伝え、怒りづらくする。

 こういった気難しい男性との交渉においては、面倒なしきたりの多い警察組織に身を置いていた調査探偵の方が、一日の長があった。

「スペースオロチさん、ムッツ・リーさんとの関係を、話していただけますか? あなたの無実を証明するためにも」

「ああ、もちろんだ。俺は潔白の身だから、包み隠さず全てを話そう」

 そうしてスペースオロチは、素直にムッツ・リーとの関係について語り出した。

【スペースオロチの証言】

 最初に言っておく。
 俺はもちろん、ムッツ・リーの野郎を殺しちゃいない。
 だが、殺してやりたいくらいには思っていたよ。

 なんせ、ヤツはこの愛すべきVCNにおける、ガン細胞だからな。

 女性ユーザーと見れば、すぐにちょっかいを出そうとする。
 所構わず不健全なアバターで徘徊する。
 大声で下品な言葉を話す。口論を起こす。諍いを起こす。エトセトラ、エトセトラ……。

 年がら年中トラブルを引き起こす、害虫のようなヤツだったんだ。

 俺自身がいくら傷つこうが、不快に思おうが、まったく気にならないが、VCNを愛するみんなに害を与えるヤツだけは見過ごせない!

 だから、普段からみんなを代表して、ムッツ・リーを注意していたんだよ!

 まぁ……そんなVCNのヒーロー的存在の俺だ。
 実際に鬼ごっこでナイフを突き立てた本人でもあるのだから、現実正義の制裁を加えたと思われるのも、無理はない。

 だが考えてみて欲しい。
 VCNの操作は、一人二役など無理だ。

 もし俺が犯人だというなら、俺が刺そうとしていたムッツ・リーのアバターは、誰が操作していたことになる?

 犯人は、鬼ごっこに参加していない上に、ヤツと同じくトラブルメーカーであるエビママヨに決まっている!

 ん……?
 エビママヨがトラブルメーカーだと知らない?

 ヤツはとんだ淫売だぞ!
 誰彼かまわず肉体関係を持ち、グループをいくつも崩壊させるせいで、いつも苦労させられているのだ!

 ムッツ・リーとのトラブルだって、エビママヨから誘ったという話があるほどだしな……!
 あの女の話を信用してはいけない!

 俺は、今回の鬼ごっこのことを知っていたエビママヨが、タイミングを見計らって現実のムッツ・リーを殺害したに違いないと見ている!

 あの女め……せっかくヒトが守ってやったというのに。
 クソ、クソ、クソ……!

 ともかく、俺にはヤツのアバターをこの手で刺したという、絶対的なアリバイがあるんだ!

 このアリバイが崩れない限り、俺を疑うのはやめてもらおうか!

 三人の容疑者から事情聴取を行った三日後。
 探偵同盟T都支部の研究室に、再び科学探偵と調査探偵の姿があった。

 科学探偵は前回と同じく白衣姿なのに対して、調査探偵はラフなニット・セーターにジーンズという、ラフな格好をしている。

「調査探偵さん、容疑者三人のアリバイはどうでしたか?」

「エビママヨ氏は、鬼ごっこの前日から二日間、VCNで知り合った男性と泊りがけの旅行に出掛けていた裏付けがとれました。ただ、鬼ごっこの翌日以降のアリバイはなしです」

「つまり、エビママヨさんが犯人なら、殺害時刻は鬼ごっこよりあとですね」

「星ザメ氏は、鬼ごっこまでのアリバイはなし。鬼ごっこを終えたあたりから、連日絵を描く様子の配信を行っていて、アリバイが証明されています」

「つまり、星ザメさんが犯人なら殺害時刻は鬼ごっこより前。何かしらのトリックで、事前に殺した六山さんのアバターを、鬼ごっこ中に動かしていたことになりますか」

「スペースオロチ氏は、鬼ごっこの前後どちらもアリバイはなし。ただし、鬼ごっこの際に、逃げる被害者のアバターにナイフを突き立てた張本人だという、確固たるアリバイがあります」

「つまり、スペースオロチさんが犯人なら、そのアリバイを崩すトリックがあるということですね。ありがとうございます、調査探偵さん。流石の調査力です」

「現実における調査ならまかせてください」

 調査探偵はこの三日間、鬼ごっこの参加者全ての素性を洗い、徹底的にアリバイを調べ尽くした。

 その結果、やはり容疑者は前回事情聴取をした三名に絞られることと、各自にアリバイのない時間が存在することが判明。

 真相解明に向け、科学探偵の元を改めて訪れた次第である。

「科学探偵、この情報で真相は分かりそうですか?」

「ええ……あとは、ラストピースをはめ込むだけです。あの映像をもう一度見れば、謎は全て解けるはずです」

 そう言うと、科学探偵は先日と同様に、研究室の壁にスクリーンを下ろし、ムッツ・リーこと六山が刺された鬼ごっこの映像を再び流し始めた。

 赤いタイツのスペースオロチから、みんなで散らばるようにスタート。

 スペースオロチは、やけに派手な足の動きを見せながら、次々と人々を追走して、ナイフで刺していく。

 その途中で星ザメも、以前の軽やかな動きがウソのようにあっさりと刺され、直立不動で床へと倒れ込む。

 それからしばらくして、六山のアバターも刺されて、例の左手だけを突き出したポーズで倒れていく。

 その映像内に、最後までエビママヨの姿は確認できなかった。

 調査探偵は注意深くその映像を観続けたものの、新たな発見はゼロ。
 自分の推理力のなさに落胆を隠せない。

 一方で科学探偵には発見があったようで、小声でブツブツと独り言を繰り返していた。

「……あのヒトが犯人だとしたら、動機はアレに違いない。もし本性が僕の思った通りなら、十分に考えられる話だ。いや、もうこの可能性しかありえない」

 しばらく独り言を続けたあと、科学探偵は調査探偵へと向き直って、警察の手配を頼んだ。

 調査探偵にはまだ真相など一切見えていないものの、目の前の少年の確信に満ちた目を前にすると、迷わず信じられた。

 そして全ての準備を整えたあと、二人は犯人いるであろう“世界”へと飛んだ。

 ――第3幕へ続く