『勇者死す。』は、もともと500円ほど払ってケータイにダウンロードして遊ぶゲームとして開発された。このケータイ版をイチから作り直したのが、2016年2月に発売予定のPlayStation Vita版だ。Vitaに移植するにあたり強化、追加した要素は多い。というよりもケータイ版制作時にハードウェアの制限で削った要素を初期構想に近いスペックに戻した、が正確だ。それに、元は500円で遊べたゲームを10倍の値段で売ろうという無謀な企画だ。払った金額に見合う内容でなければお話にならない。というわけで……
強化した点は大きく3つ。BGMと音声とグラフィックだ。
1.BGMはケータイ版から引き続き伊藤賢治さんが担当。彼の楽曲もハードの制約から解放されたことで、より重厚に躍動的に生まれ変わっている。新曲も書き下ろしてもらった。
2.文字表示のみだった主要キャラの台詞にはすべて音声をつけた。とくに勇者の死を悼む女性たちの弔辞は、声優陣の熱演によって心が揺さぶられる仕上がりだ。
3.キャラクターはクロサワテツさんの手でデザインを一新。ゲーム内のグラフィックも今どきのゲームらしくキャラも背景も戦闘も美しい3D表現にリニューアルされている。
追加要素も大きく3つだ。
1.ケータイ版にはいなかった、新たなふたりのヒロインが新登場。
2.ケータイ版からいた7人のヒロインにはふたつ目のクエストをそれぞれ用意した。
3.あとは、勇者に残された5日間を豊かにする、ちょっとしたミニゲームだ。
これらの追加で50時間くらい遊んでもまだまだ新たな展開が起きるようになっている。
今回のコラムでは、追加した新ヒロインふたりを紹介しよう。ふたりともかなり強烈だ。
ヨナは、勇者の後継者として期待を一身に集めている少女だ。数ヶ月前、勇者が魔王と刺し違えて命を落としたとき、次の勇者として神の啓示を受けた。それまでは、信心深く真面目なだけがとりえの目立たない少女だった。同世代の他の女の子たちと同様にヒーローとしての勇者にあこがれを抱いてはいたが、決して自身が勇者になりたかったわけではない。
だが、本人の意志に関係なく啓示を受けた日からヨナの身体に急激な変化が起きる。激痛をともなう異常なスピードで成長がはじまったのだ。その痛みは彼女の黒髪を勇者と同じ銀色に変えたほどだ。悲鳴をあげたのは体だけではなかった。常におそう耐えがたい痛みと勇者であらねばならないとする使命感がヨナの心に重圧をかけていく。
「私は……僕は……俺は……勇者になりたいんだ!」
ヨナの台詞だ。1行の中で一人称が二度も変わっている。明らかに尋常ではない。この危うさがヨナというキャラクターだ。
1行の中で一人称が二度変わる文章を書くのはたやすい。だが、声に出して演じるのは相当に難しい。豊かな想像力とそれを表現できる高度な技術が必要だ。高垣彩陽さんは、このふたつを兼ね備えていて、かつ解釈が“大胆”。いつも僕を驚かせてくれる。
勇者が倒した魔王には娘がいた。地上に潜伏し逆襲の機会をうかがっている。戦災孤児を集め兵士として育成している。魔王復活をたくらんでいる等など。噂ばかりが一人歩きしているが、その姿を目にした者はいない。いまだ消えない魔王に対する恐怖心が生みだした都市伝説や共同幻想にさえ思える。
彼女とは、いずれどこかで出会うはずだ。噂の真偽は、そのとき自分で確かめてほしい。
ベラナベルを演じているのは、金元寿子さん。演技の引き出しが多くてその引き出しの中が整理整頓されている印象。まだ若いのにスタジオではベテランの職人のように見えて頼もしい。一口に声優といってもいろんなタイプがいるもんだ。