桝田省治死す。

バランス調整㊙テク

 この原稿を書いているのは2015年の12月中旬。つい数日前までテストプレイをしていた。おそらく大丈夫とは思うが、今回のバージョンで最終承認を得られなければスケジュールがけっこうヤバイ(笑)。こんな風に“(笑)”とふざけていられない状況になる。
 テストプレイでは大きく分けて、以下ふたつの作業を行う。
 1.デバッグと呼ばれる不具合の修正。ゲームが止まってしまうような重大なものからテキストの誤字脱字まで大小さまざまな誤りを正す。いわばマイナスをゼロに戻す作業だ。
 2.ゲームバランスの調整。売上に影響があるか否かは場合によるが、ゲームのおもしろさに関してはバランスの良し悪しであらかた決まる。非常に重要な作業であるにも関わらず十分な時間が確保できなくなることが珍しくない。原因は前述のデバッグと並行して行うのでそのしわ寄せを受けるからだ。
 このゲームバランスの調整が今回のテーマだ。取り上げるのは2月発売の『勇者死す。』。魔王を倒した後の世界を余命わずかな勇者が旅するRPGだ。本作を例にどんな問題が起きて実際にどう対処したかを書く。とくに注目してほしいのは、慢性的な時間不足の中で行うバランス調整。その門外不出の超絶テクニックだ。

◆トラブルを想定する

 ゲームバランスという言葉を聞いて想像するのは、敵の強さ、経験値の量、アイテムの値段、レベルアップの頻度などだろうか。だが、この類いのパラメータの調整は実は簡単だ。なぜならこれらの調整は開発期間の最後の週までやることが最初からわかっている。よって、設計の段階からいかようにもいじれるように、補正用のパラメータをいくつも作っておく。……と言われてもイメージが湧かないだろう。ダイヤルやレバーがたくさん並んでいる音響機器を想像すれば近いと思う。もちろんそのダイヤルやレバーひとつひとつの意味を熟知していて、かつ使いこなせることが前提だが、まあ、とにかくプロには難しくない。
 では、『勇者死す。』で予想しうる最大の問題は何だったか?
 シナリオ分岐による場合の数が多すぎることだ。その組合せは万を優に超える。与えられたテストプレイ期間や予算ではそのすべてをチェックすることは無理。分岐を減らすことが、もっともシンプルな解決方法だ。しかし、この分岐の多さが『勇者死す。』のセールスポイントのひとつなので、安易に減らすわけにもいかない。
 それにクリアまでのプレイ時間は最短で20時間、平均で30~40時間、50時間遊んでもまだ一度も見たことがないイベントが起きるくらいでないと値段に見合わない。このボリューム感を出すには、わかりやすいところで言うと本作の最後に行われる勇者の葬儀に使う弔辞は最低でも1キャラあたり6種、合計で50種程度は必要になる。
 さて困った(笑)。
 この問題をどう解決したかと言えば、弔辞の数をさらに増やして80種ほどにした。なぜか? 実は全部で50種のうちの50種を確認するのは綿密な手順が必要だが、80種のうちの60種なら雑な確認で用は足りる。まずイベントのクリア状況や他の弔辞に対する優先度、その弔辞が過去のプレイで既出かなどで分類し“理屈の上では”すべての弔辞が出現する単純で堅固な構造を作った。そして、テストプレイ期間中には75%の60種の弔辞が確認できればゲームのおもしろさは確保できるので「合格!」と、開発前に決めてしまったのだ。

◆想定外のトラブルには

 テストプレイ期間に起きうるトラブルが事前に想定できていれば、半分は解決したようなものだ。おそるるに足りない。だが、ゲーム開発では往々にして思わぬ問題が起きる。
 たとえば『勇者死す。』の場合は、戦闘中の斬ったり跳ねたり倒れたりするキャラのモーションだった。けっこう細かく作られているのだが、細かいがゆえに何度か見ると覚えてしまい飽きが来る。一度飽きると戦闘時間が長く感じ始める。繰り返し遊ぶゲームとしては致命的だと感じた。
 戦闘時間をなんとか半分にしたい。×ボタンで結果表示までショートカットできないか、○ボタンの長押しで早送りできないかと開発会社と話し合った。だが、モーションと戦闘中の判定式が混在していて、テストプレイ期間中に直すのは時間的に不可能とのことだった。
 さて困った(笑)。
 この問題にはこんな感じで対処した。敵モンスターの体力を75%、同エンカウント率を75%、経験値と戦利品のお金は2倍に。0.75の2乗は0.56。この改良でモーションには手を触れず戦闘時間はほぼ半分に縮まり、もちろんテンポも良くなった。