桝田省治死す。

『勇者死す。』はプレイヤーを選ぶ

 

◆買う前に読んでくれ

 『勇者死す。』もついに発売。このコラムも今回が最後だ。
 発売のタイミングで水を差すようなことを言うのもどうかと思うが、『勇者死す。』は万人受けする内容ではない。体験版の高評価を聞いて浮き足立つのもわかる。でも買う前にもう一度よーく考えてほしい。
 自分の名前をつけたキャラが5日後に必ず死ぬ。厳しい時間制限があり、体力も次第に落ちる。昨日は造作もなかったことが今日はできない。成長の喜びや大きな達成感、王道のRPGが保証してくれる娯楽性が、本作には欠落している。そういう爽快感や充実感を求める方には耐えがたいストレスになること請け合いだ。
 僕自身を考えても、たとえば16歳の僕には本作の何が面白いのか到底わからなかったと思う。たとえプレイを始めても、おそらく途中で投げ出したはずだ。16歳の僕の目前には形のない未来が雲海のように延々と広がっていた。見通しが利かない代わりに限界も見えなかった。有り余るエネルギーの使い道がわからず、常にいらついていた。救いがあったとすれば、不安よりは期待が幾分か勝っていたくらいだ。もちろん自分がいつか死ぬなんて、これっぽっちも意識していなかった。
 あれから40年、現在の僕は当時に比べて明らかに衰えている。駅の階段を駆け上がれない。なんでもない単語が思い出せず、しばしば筆が止まる。小さな字はかすむので速読が難しい。西麻布から六本木まで歩くだけで息が切れる。かように年を取ると、ろくなことがない。ただしだ。若い頃には想像もできなかったいいことも少なからずある。

◆年を取るのも悪くない

 たとえば、平均寿命から計れば僕にできる花見はあと20回前後。花なんか愛でたことがないくせに、今年の桜は残りの20分の1と考えるとなんだか有難い気分になる。たぶん錯覚だが、ついぞ感じたことのない"もののあはれ"も味わえてお得だ。ずっと昔から目の前にあったのに今まで見えてなかったものが、けっこうあると気づく。
 年を取るとだんだん身体が動かなくなり、頭も働かなくなる。今から劇的に回復することも望めない。仕方なくそれを基準に生活や仕事を組み立てるようになる。人の手を借りることも増えた。結果として自分の欠点に目をつぶる代わりに、他人の欠点に寛容になった。最初から完璧を求めないので、異物や違和感もあまり気にならない。最近では異物が起こす予想外の化学反応を面白いとさえ思える。
 また、他人に頼れば逆に頼られることも増えて、仕事の幅はどんどん拡大していく。この年齢で今まで経験のない依頼をされて慌てることもある。不思議なことに僕個人ができることは年々減っているはずなのに、実際には新しく手掛がけることが増えている。
 そういえば、近ごろ「ありがとう」とよく言われる。若いスタッフにいたっては、僕を優しい人だと勘違いしている人までいる。意外と悪い気はしないので、いっそこのまま"いい人"のふりを続けて一生だましとおしてやろうかと思うほどだ。
 話を戻そう。こういう完璧には程遠い、7割もうまくいけば御の字と納得してしまうぐだぐだ感など、自身のダメさ加減をまだ笑い話にできない方には、『勇者死す。』をおすすめできない。立場上「買うな」とは言えないが、よく評判を確かめてできれば体験版を遊んでから決めるべきだ。ぎっくり腰のひとつも経験してからダウンロードしても遅くないと思う。

◆10人目のヒロイン

 最後に藤田咲さんのことを書いておく。ずいぶん前に発表された声優のキャスト表に名前はあった。しかし、その後も彼女だけが何の役か公開されず、やきもきしていたファンも多いだろう。藤田さんが演じたキャラの名はカマラ。数周プレイを繰り返して、イベントはあらかたクリアーしたかなという頃合を見計らって登場する、最後のヒロインだ。どんな人物か望みは何か。それはプレイしてのお楽しみ。ちなみに藤田さんのカマラ評は「切ない」だ。
 藤田咲さんは逸材と呼ぶにふさわしい実力のある声優だ。だが、今回の起用理由は違う。ほんの数秒間の"絶叫"。その一点で選んだ。絹を裂くような声を上げさせたら五指に入ると個人的には思う。できれば高音域の再現性に優れたイヤホンで聞いていただきたい。